法律解釈の手筋

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令和元年度 司法試験 刑法 解答例 

解答例

第1 設問1

 1 甲が、本件キャッシュカード等が入った封筒をショルダーバッグ内に隠しいれた行為に、窃盗罪(235条)が成立する。

 (1) 本件キャッシュカード等が入った封筒は「他人の財物」にあたる。

   ア 「他人の財物」とは他人の所有する財物をいう。

   イ 本件被害客体はキャッシュカードである。確かにキャッシュカードは、それ自体としては客観的価値に乏しいものである。しかし、キャッシュカードは、それを用いることで預貯金を引き出すことができるという経済的機能を有しているところ、キャッシュカードはそのような価値を含むものといえ、客観的価値が認められる。

   ウ したがって、「他人の財物」にあたる。

 (2) 甲の上記行為は、欺罔行為を用いているものの、相手方の占有移転に向けられたものとはいえず、「窃取」にあたる。

   ア 「窃取」とは、他人の占有下にある占有物を、他人の意思に反して、自己又は第三者の占有下に移転させることをいう。そして、詐欺罪との区別の観点から、欺罔行為を用いた場合であっても、それが占有移転に向けられたものでない限りは、なお「窃取」にあたる。具体的には、占有移転に向けられているかどうかは、欺罔内容によって処分者が事実上の支配の移転を容認するものかどうかによって判断する。

   イ 本件では、甲は、「あなたの預金口座が不正引き出しの被害に遭っています。うちの職員がお宅に行くのでキャッシュカードを確認させてください。」「キャッ素カードを証拠品として補完しておいてもらう必要があります。後日、お預かりする可能性があるので、念のため、暗証番号を書いたメモも同封してください。」などと、嘘を述べている。しかし、かかる嘘は被害者Aが事実上の支配を甲に移転することを容認することに向けられてはいない。実際にも、Aは本件キャッシュカード等が入った封筒を甲に渡しているにすぎず、それ以上の占有移転を容認していたとはいえない。したがって、甲の嘘を述べた行為は、詐欺罪の「人を欺」く行為にあたらない。

     甲は、上記行為は、本件キャッシュカード等を自己の事実上の支配たる占有下に移転するものである。また、甲の上記行為は、Aが玄関近くの居間に印鑑を取りに行っている隙に行われているところ、Aは本件キャッシュカード等が甲に移転することについて同意していない。したがって、占有者たるAの意思に反する。

   ウ したがって、甲の上記行為は「窃取」にあたる。

 (3) 甲は、本件キャッシュカード等が入った封筒を自己のショルダーバッグに隠し入れ、占有を移転した。また、甲には故意(38条1項)及び不法行為領得の意思も認められる。

 (4) よって、甲の上記行為に窃盗罪が成立する。なお、甲のAに対する窃盗罪は、甲が本件キャッシュカード等が入った封筒をショルダーバッグに隠しいれた時点で成立するため、その後、キャッシュカードについて取引停止措置がとられたという事情は、甲の犯罪の成否を左右しない。

 2 以上より、甲はかかる罪責を負う。

第2 設問2

 1 ①の立場

 (1) 身分犯構成

    事後強盗罪を身分犯と捉える立場に立ち、文言通り65条1項が真正身分犯の成立及び科刑、65条2項が不真正身分犯の成立及び科刑を定めたと解すると、事後強盗罪は真正身分犯であるため、乙に65条1項が適用される結果、事後強盗罪の共同正犯が成立する。

 (2) 結合犯構成

    事後強盗罪を結合犯と捉えると、承継的共同正犯の成否が問題となる。そして、承継的共同正犯について、共犯者の先行行為を積極的に利用する意思が認められる場合には、承継的共同正犯が成立するという立場(以下、「積極的利用意思説」)を採ると、乙には、甲の窃盗未遂という先行行為を認識し、かつ甲を助ける目的で脅迫行為に及んでいるため、積極的利用意思が認められるため、事後強盗罪の共同正犯が成立する。また、当該犯罪の法益侵害について因果性が認められれば、承継的共同正犯が成立するという立場(以下「因果性緩和説」)をとっても、事後強盗罪における実質的法益侵害は暴行・脅迫行為にあるといえるため、事後強盗罪の共同正犯が成立する。

 2 ②の立場

 (1) 身分犯構成

    まず、事後強盗罪は、財物確保目的、逮捕免脱目的、罪証隠滅目的のいずれかの目的が必要である。逮捕免脱目的及び罪証隠滅目的の2つについては、そもそも暴行・脅迫行為に財産犯的性格が認められない。むしろ、同目的を有する場合には非難可能性の高いことから暴行罪・脅迫罪の刑を加重した不真正身分犯たる性格を有する。そうだとすれば、本件では、乙は逮捕免脱目的で脅迫行為に及んでいるところ、65条2項が適用され、脅迫罪の共同正犯が成立するにすぎない。

 (2) 結合犯構成

    次に、承継的共同正犯をについて、積極的利用意思説については、そもそも人は過去の行為に因果性を及ぼせないという批判があるところ、かかる説は妥当でない。次に、因果性緩和説については、逮捕免脱目的の事後強盗罪の場合、暴行・脅迫行為は、かかる目的に向けられているところ、後行行為者の行為が財産犯としての法益侵害性に因果性を及ぼすことは不可能であるといえる。

    したがって、承継的共同正犯は成立せず、後行行為のみの脅迫罪の共同正犯が成立するにとどまる。

 3 私見

 (1) まず、甲には、事後強盗罪(238条)が成立する。窃盗未遂罪が成立するため、「窃盗」にあたり、甲と共謀関係の認められる乙がCに向かってナイフを示しながら、「離せ、ぶっ殺すぞ。」といった行為は、相手方の反抗を抑圧するに足りる害悪の告知といえ、事後強盗罪の「脅迫」行為にあたる。

    よって、甲に事後強盗罪が成立する。

 (2) それでは、乙について何罪が成立するか。

   ア まず、事後強盗罪の法的性質であるが、窃盗行為それ自体に法益侵害性が認められる以上、身分ではなく、窃盗行為それ自体も処罰対象とするのが妥当であると考える。そこで、事後強盗罪は身分犯ではなく、窃盗行為と暴行・脅迫行為の結合犯であると考える。

   イ それでは、乙は先行行為たる甲の窃取行為に因果性を有するか。承継的共同正犯の成否が問題となる。

   (ア) 共犯の処罰根拠は、正犯者を介して法益侵害を惹起した点にある(因果的共犯論)。そして、承継的共同正犯については、人は過去の行為に因果性を及ぼせない以上、全面否定説を採用すべきである。また、因果性緩和説によったとしても事後強盗罪は暴行罪・脅迫罪より刑が重いし、窃盗罪との関係でも刑が重い以上、窃取行為及び暴行・脅迫行為両者が法益侵害性を有すると考えられるため、後行行為のみで事後強盗罪の因果性を有するとはいえない。

   (イ) 本件では、甲は事後強盗罪が成立しているが、乙は後行行為たる脅迫罪にしか関与していないため、脅迫行為との関係でのみ因果性を有する。

   (ウ) したがって、事後強盗罪の共同正犯が成立しない。

 (3) よって、乙の上記行為に脅迫罪が成立し、甲と脅迫罪の限度で共同正犯が成立するにとどまる。

第3 設問3

 1 正当防衛説

 (1) まず、丙がボトルワインを投げつけた行為に正当防衛(36条1項)が成立し、違法性が阻却されるという説明が考えられる。

 (2) もっとも、正当防衛は正対不正の場合に成立するところ、防衛行為が侵害者以外の第三者に生じた場合、その者との関係では、「急迫不正の侵害に対して」防衛行為を行ったという関係がない。したがって、正当防衛説は、かかる点に難点がある。

 2 緊急避難説

 (1) 次に、丙の上記行為は、第三者Dとの関係では正対正の行為であるため、緊急避難(37条1項)が成立し、違法性が阻却されるという説明が考えられる。

 (2) もっとも、かかる説に対しては、非難行為による侵害を受けた者から何かしらの危難を受けていたわけではないという批判があり得る。また、第三者に対する法益侵害については、それが防衛行為から不可避的に生ずるものとして補充性の要件を充足する場面はかなり限定的であるという批判もある。本件においても、丙は狙いを外して甲ではなくDにボトルワインを直撃させているところ、緊急状況であることを考慮したとしても、やむを得ないといえるコントロールミスとまではいえず、補充性要件を充たさないという認定があり得る。したがって、緊急避難説には以上のような難点がある。

 3 誤想防衛説

 (1) 最後に、丙の上記行為には誤想防衛が成立し、責任故意(38条1項)が阻却されるという説明が考えられる。

 (2) もっとも、かかる説に対しては、甲のDに対する急迫不正の侵害が現在し、かつ、これを丙も認識していた以上、これを誤想防衛と評価することは適切でない。したがって、誤想防衛説にはかかる難点がある。

以上