法律解釈の手筋

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令和2年度 司法試験 刑事訴訟法 解答例

解答例

第1 設問1

1 下線部①の取調べ(以下「本件取調べ」という。)は、実質的逮捕や強制手段等を用いた取調べにあたり、違法な取調べとならないか。

(1) 逮捕とは、個人の意思を制圧して、身体を拘束するという重要な法益侵害を伴う強制処分である。任意取調べは、当然に被同行者の身体的拘束があるため、意思を制圧したか否かが問題となるところ、意思を制圧した実質的逮捕にあたるかどうかは、①任意同行の方法・態様・時刻・②同行後の警察署における取調べ等の状況③警察署における滞留の状況等を総合考慮して判断すべきと考える。また、実質的逮捕に当たらない場合でも、取調べに強制手段が用いられたり、取調べ受忍義務を課すような取調べにあたる場合にも、「強制の処分」(刑事訴訟法198条1項但し書)として違法であると考える。

(2) 本件では、令和元年12月4日午後9時10分という夜遅い時間ではあるものの、警察官2人が甲の自宅にて任意同行を求めるという通常の態様によっており、また、甲もそれに明示的に同意し、徒歩にて警察署まで同行している。また、取調べは、同日午後9時半から翌5日午後9時半までという約24時間にわたる取調べがなされており、一睡もさせずに徹夜で取調べをしているものの、甲からのトイレ休憩には応じ、かつ朝食、昼食、及び夕食を摂らせて休憩させているところ、その態様について、なお悪質性の高いものであったとまではいえない。以上によれば、本件取調べが実質的逮捕にあたるほどの意思の制圧があったとまではいえず、また、強制手段が用いられたり、取調べに応じる意思に反すると認められたりする事情もない。

(3) したがって、本件取調べは、実質的逮捕のほか「強制の処分」にあたることはなく、任意捜査といえる。

2 もっとも、本件取調べが実質的逮捕等にあたらないとしても、任意処分(刑事訴訟法197条1項)として適法か。

(1) 「取調」とは、広く捜査活動一般を指す。そして、同項本文は捜査比例の原則を定めたものである。そして、被処分者の意思を制圧していない場合でも、行為規範の点から同原則は及ぶ。そこで、「目的を達するために必要な」とは、捜査のために必要かつ相当と認められる場合をいうと考える。

(2) 本件は、住宅の掃き出し窓のクレセント錠がナイフカッターで割られ、住宅内から10万円が盗まれるという被害が軽微とは決していえない住居侵入窃盗被疑事件である上、同種の事案が連続して6件発生しているところ、捜査の必要性は高い。また、甲は、その連続している事件において、犯行の瞬間を目撃されていた者であり、本件被疑事件についても嫌疑はあるといえる。しかし、それに対する取調べは、24時間という非常に長い時間の取調べであり、甲にとって身体に対する苦痛等は大きかったといえる。また、甲は、翌5日の午後7時30分頃まで犯行を否認しており、調書を作成するのに時間がかかったために、取調べの時間が長くなったというわけでもない。さらに、確かに甲は自ら仮眠を申し出ることや、取調べを拒否して帰宅しようとしたことはなかったとしても、かかる点から長時間の取調べを行なってよいということにはならず、捜査機関において、明示的な確認を取るべきであったといえる。以上にかんがみれば、確かに、捜査の必要性はあるけれども、強盗事件ほどの重大事件でもなく、また、甲の嫌疑の程度も非常に高いというわけでもないことからすれば、本件取調べの態様は、より制限の少ない態様によって行うことも可能であったといえる。

(3) したがって、本件取調べは、任意処分の限界を逸脱し、違法である。

第2 設問2

1 小問1

(1) 自白法則とは、「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」(憲法38条2項)こと、及び「その他任意にされたものでない疑のある自白」について、証拠能力を否定するものである(刑事訴訟法319条1項)。自白法則の趣旨は、任意性を欠く自白は類型的に虚偽のおそれが高いため、誤判防止の観点から一律に証拠能力を認めない点にある。そこで、不任意自白とは、類型的に虚偽のおそれのある自白をいう。具体的には、被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれのある疑いがあるかどうかによって決する。

(2) 違法収集証拠排除法則とは、違法な手続によって収集・獲得された証拠について、証拠能力を否定するものである。同法則を規定する条文は存在しないが、将来の違法捜査抑止の観点及び司法の廉潔性に対する国民の信頼の観点から、①先行する手続に令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、②将来の違法捜査抑止の観点から証拠能力を排除することが相当と認められる場合には、同証拠の証拠能力は否定されると考える。

(3) 自白法則は、類型的に虚偽のおそれのある自白かどうかを判断するのに対し、違法収集証拠排除法則は、先行する手続が違法であることを基礎として証拠能力を否定する点で、両者の制度趣旨は全く異なる。そして、自白について、違法収集証拠排除法則の適用を否定する理由はどこにもないため、自白についても、自白法則とは別に違法収集証拠排除法則が適用されると考える(二元説)。

2 小問2

(1) 違法収集証拠排除法則について

ア 前述の基準によって、判断する。

イ 本件では、前述のとおり、甲の自白を獲得した本件取調べは、任意処分の限界を超えた違法な取調べであった。確かに、本件取調べは実質的逮捕等にあたるものではないため、令状主義の精神を没却する違法とはいえない。しかし、自白の場合、先行する手続の違法によってその証拠価値が影響を受けること、憲法38条2項が自白について、違法な手段を用いた証拠能力を否定していることにかんがみれば、令状主義に反しないとしても、重大な違法にあたる場合もあると考える。本件では、前述のとおり、24時間にも及ぶ取調べが行われており、その間に甲に対して取調べの中断・退去の他、睡眠をとることについての確認等の手続が捜査機関によってとられていないところ、その態様は、重大な違法といえる(①充足)。また、本件の自白は本件取調中に獲得されたものであり、将来の違法捜査の抑止の観点から証拠排除が相当であるといえる(②充足)。

ウ よって、本件自白は、違法収集証拠排除法則の適用により、証拠能力を欠く。

(2) 自白法則について

ア 前述の基準によって判断する。

イ 本件では、甲が自白をしたのは、取調べ始まってから既に20時間近くが経過した時点でのことであるところ、一般人であれば、眠気や疲労、また取調べによる精神的疲労を強く感じる頃合いであるということができる。また、甲が自白をするに至ったのは、警察官から「12月3日の夜、君が自宅から外出するのを見た人がいるんだ。」と嘘の申向けがあったからである。確かに、甲が自宅から外出していた、という事情は、甲の本件被疑事件の犯人性を推認させる事情としてはとても弱いことは否めない。しかし、甲としては、「証拠があるならみせてください」と犯行を否認していたのに対し、これに対して、証拠のようにも思える申向けがなされたら、甲にとって動揺する原因ともなる。また、前述のとおり、すでに甲は疲労が大きく溜まっていた頃合いであるところ、かかる事情も併せて考えると、警察官の申向けにより、甲がもうこれ以上犯行を否認しても無駄である、と思い込むことも不思議とはいえない。以上にかんがみれば、甲はQの偽計によって、無罪であったとしても虚偽の自白を誘発してしまうほどの心理的強制が認められる。したがって、甲の犯行の自白は、類型的に虚偽のおそれがあるといえる。

ウ よって、本件自白は、自白法則の適用により、証拠能力を欠く。

第3 設問3

1 弁護人の証拠意見は、類似事実行為の立証のための証拠であるため、法律的関連性を欠くとの意見であると思われるところ、本件において、Wの証人尋問が法律的関連性を欠くか。

2 類似事実による犯人性の立証は、同種前科の存在によって被告人の悪性格(犯罪性向)を推認させ、そこから犯人性を推認させるという二重の推認を経るが、二段階目の推認は極めて弱く、事実認定を誤らせる危険が大きい。また、争点拡散のおそれもある。そこで、原則として同種前科による犯人性の立証は法律的関連性がなく、許されないと考える。もっとも、二重の推認による弊害のおそれがない場合、すなわち、同種前科から直接犯人性を推認できる場合には、かかる立証も許されると考える。そこで、①類似事実に係る犯罪事実が顕著な特徴を有し、かつ、②それが起訴に係る犯罪事実と相当程度類似する場合には、法律的関連性が認められる。

3 本件における類似事実は、ガラスカッターを用いて掃き出し窓のクレセント錠近くが半円状に割られかけていたという住居侵入未遂事件に関するものである。確かに、ガラスカッターを用いて窓ガラスを割るという手口は特徴的ではある。しかし、ガラスカッターはガラスを割るためのものであり、窓ガラスを割って住居侵入するためには合理的な方法であるし、同ガラスカッターは一般に流通し、容易に入手が可能なものであったところ、他の者が同様の手口を用いて犯行を行うことも容易に考えられる。したがって、本件類似事実は顕著な特徴とまではいえない(①不充足)。

4 よって、本件ではWの証人尋問は法律的関連性を欠く。以上より、裁判所としては、Wの証人尋問請求を却下すべきである(刑事訴訟規則190条1項)。

以上