解答例
【第1問】
第1 設問1
1 詐害行為取消訴訟は、破産手続開始決定によって中断する(破産法45条1項)。したがって、本件訴訟1も、令和2年12月2日時点で、中断する。
2 破産管財人は、中断した本件訴訟1について自ら受継することができる(破産法45条2項)。相手方であるE銀行が受継の申立てをしてきた場合には(破産法45条2項)、破産管財人は受継を拒絶できない。
第2 設問2
1 本件において詐害行為否認(破産法160条1項)が認められるか、偏頗行為否認(破産法162条1項)が認められるか。本件担保提供が「担保の供与」にあたるかどうかが問題となる。
(1) 詐害行為否認の有害性の根拠は財産減少行為に求められるのに対し、偏頗行為否認の有害性の根拠は責任財産からの弁済による債権者平等の侵害にある。そこで、「担保の供与」とは、破産者に対する破産債権を被担保債権とする担保の供与に限られると考える。
(2) 本件担保提供は、EのBに対する貸金債権を被担保債権とするものであり、破産者Aに対する債権を被担保債権とするものではない。
(3) したがって、「担保の供与」にあたらず、本件は、詐害行為否認の対象となる。
2 本件担保提供は、「支払の停止」(支払停止)の後になされたか。令和2年9月4日になされた本件通知書の郵送は、「支払の停止」にあたるか。
(1) 支払停止とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払いをすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいう。そこで、支払停止にあたるためには、①表示行為②①が外部になされたこと③①の内容が、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができない旨の表示であることが必要である。本件では、Aは、令和2年9月4日に、全ての債権者に対し(①充足)、「当社は、資金繰りに行き詰まり、本日までにお支払いをすべき債務の支払ができなくなり、今後、支払ができる見込みもありません。そのため、関係各位には、ご迷惑をお掛けいたしますが、近々破産の申立てをする予定です。」という、資力欠乏のため債務を支払が出来 ない旨の表示を(②充足)、通知書を郵送する方法によって行った(③充足)。
したがって、本件では、Aは支払停止にあたる。
(2) 本件担保提供行為は、令和2年9月10日になされており、前述の本件通知書の郵送に後れている。
(3) よって、本件担保提供行為は支払停止の後になされた。
3 本件担保提供は、BのためにAが甲土地に抵当権を設定するものであり、Aの責任財産を逸出させる点で、Aの債権者を害するため、「破産債権者を害する行為」である。
4 Eは、Aの支払停止について知って本件担保提供行為をしており、また、本件担保提供行為が破産債権者を害することも、その法律行為の内容から当然認識しているといえる。したがって、「支払の停止等があったこと及び破産債権者を害すること」を知っていたといえる。
5 以上より、破産管財人Yの破産法160条1項2号に基づく否認の主張は認められる。
第3 設問3
1 本件事業用車両による代物弁済(以下「本件代物弁済」という。)は、破産法162条1項により否認することができるか。本件代物弁済は、AのDに対する売買代金債務の消滅に関するものであるところ、債務消滅行為として偏頗行為否認の対象となるため、以下、同項の要件充足性について検討する。
2 第1に、本件代物弁済は、破産者の義務に属するものであり、かつ、令和2年9月分以降の分割代金について履行遅滞に陥っているところ、その時期も破産者の義務に属するものである。したがって、破産法162条1項2号による否認は認められない。
3 第2に、162条1項1号に基づく偏頗行為否認は認められるか。
(1) まず、前述のとおり、Aに「支払の停止」が認められ支払不能が推定され(破産法162条3項)、かつ、Aに上記推定を覆すに足りる事情はない。したがって、Aは少なくとも令和2年9月4日時点で、「支払不能」にあった。本件代物弁済は、令和2年9月23日になされており、Aの「支払不能」の後になされている。
(2) 次に、Dは、Aの債権者であるため、本件通知書を受け取っているはずであり、「支払の停止があったこと」について「知っていた」といえる(破産法162条1項1号イ)。仮に本件通知書について受け取っていたなかったとしても、代物弁済は、その方法においてAの義務に属さないものであるため、Dが、Aの支払不能又は支払停止について悪意であったことを推定し(破産法162条2項2号)、これを覆す事情がDにないため、Dの悪意が認められる。
(3) もっとも、Dは、本件事業用車両について留保所有権を有し、D名義の登録も具備しているところ、否認の一般的要件である有害性が欠けるのではないか。
ア 担保権は破産手続によらないで担保権を実行することが認められている(破2Ⅸ、65Ⅰ)ところ、代物弁済行為を否認の対象として目的物を破産財団に取り戻してみても、当該財産については抵当権者が復活した担保権(破169)を別除権として行使することになり、破産債権者の利益にならない。そこで、対抗要件の具備された担保目的物による代物弁済は、目的物の価額が被担保債権額を超過しているような場合でない限り、有害性を欠くと考える。
イ 本件では、Dは本件事業用車両について自己の名義の登録を具備しており、かつ、事業用車両の評価額も、被担保債権額の900万円を下回る750万円である。
ウ したがって、本件代物弁済は、有害性を欠く。
(4) よって、破産管財人Yの否認の主張は認められない。
【第2問】
第1 ①について
1 破産手続の場合
破産手続開始決定前に資金援助を行うDのAに対する貸金債権は、消費貸借契約が破産手続開始決定前になされており、「破産手続開始前の原因」に基づく上、財団債権と認められる条文上の根拠もないため、破産債権(破産法2条5項)となる。
破産債権の場合、破産手続開始決定によって破産債権者の個別的権利行使は禁止され、破産手続に服する(破産法100条1項)。したがって、Dは、優先的に弁済を受けることが難しいため、担保権を設定する等によって対処するほかない。
2 民事再生手続の場合
(1) 民事再生手続においても、DのAに対する貸金債権は、再生債権(民事再生法84条1項)にあたり、再生計画外での弁済等を禁止される(民事再生法84条1項)。したがって、Dは、原則として優先的に弁済を受けることができない。
(2) しかし、民事再生手続では、「資金の借り入れ」等については、裁判所の許可を得ることで、再生手続開始申立後再生手続開始前の相手方の再生債務者となる者に対する請求権を共益債権として行使することができる(民事再生法120条1項)。
本件では、DはAに対して法的倒産手続の申立てを条件に資金援助をしようとしているところ、Aにとって「再生手続開始の申立て後再生手続開始前」に「資金の借入れ」を行うものである。
したがって、裁判所の許可を得て、DはAに対する貸金債権を共益債権として行使することができ、再生手続によらないで、優先的に弁済を受けることができる(民事再生法121条1項)。
(3) したがって、民事再生手続では、Dの要望に応えることができるため、資金援助を受けることができ、事業譲渡の対象である本件事業の継続が可能となる。
第2 ②について
1 破産手続の場合
(1) 破産手続において、抵当権は別除権(破産法2条9項)とされ、破産手続によらないで行使することができる(破産法65条1項)。
(2) 破産手続上、かかる別除権の行使を阻止するための方策はない。
(3) これに対して、担保権を消滅させるための方策としては、担保権消滅許可の申立て(破産法186条1項)が考えられる。
ア かかる許可の申立ては、①破産債権者一般の利益に適合すること②別除権者の利益を不当に害しないことが必要である。本件では、Eを除く多くの債権者が事業譲渡について賛成しているところ、①②ともに充足する見込みが高い。
イ しかし、同手続に対しては、担保権者から、担保権実行の申立て(破産法187条)、買受けの申出(破産法188条)といった手続によって対抗されるおそれがある。本件では、担保権者であるEは事業譲渡について賛成していないため、Aが担保権消滅許可の申立てをしたとしても、かかる手段によって対抗してくることが考えられる。
ウ したがって、本件において、破産手続では事業譲渡のために担保権を消滅させるという目的を達成することが困難である。
2 民事再生手続の場合
(1) 民事再生手続においても、抵当権は別除権とされ(民事再生法53条1項)、再生手続によらずに行使することができる(民事再生法53条2項)。
(2) まず、民事再生手続では、別除権の行使を阻止する方策として、担保権実行中止命令の申立て(民事再生法31条1項)が考えられる。①再生債権者の一般の利益に適合し②競売申立人に不当な損害を及ぼすおそれがないときは、かかる申立てが認められる。かかる方策によって、Aは、本件工場及び敷地について担保権実行をされることなく、本件事業を維持継続することが、暫定的に可能となる。
(3) 次に、民事再生手続では、別除権を消滅させる方策として、担保権消滅許可の申立て(民事再生法148条1項)が考えられる。
ア かかる申立ては、①担保目的物が事業の継続に不可欠であること②担保目的物の価額に相当する金銭を裁判所に納付すること、が必要である。本件では、本件工場及び敷地は本件事業にとって不可欠な不動産であるといえる(①充足)。したがって、Aは、1億円を裁判所に納付することで(②充足)、かかる申立てが認められる見込みが高い。
イ これに対して、担保権者Eとしては、担保目的物の評価額について価額請求をすることができるにとどまり(民事再生法149条1項)、自ら担保権を実行することはできない。
ウ したがって、民事再生手続では、事業譲渡のために担保権を消滅させるという目的を達成することが可能である。
第3 ③について
1 破産手続の場合
FのAに対する弁済期を令和2年5月15日とする売買代金債権は、破産手続開始申立て前に発生した債権であるため、破産債権となる(破産法55条1項)。
破産債権は、前述のとおり個別的権利行使は禁止されるため、破産管財人から破産債権者に対して優先的に弁済することもできない。
したがって、本件では、破産手続では、AはFに対して令和2年5月15日に480万円を支払うことができず、Fから取引を打ち切られる可能性が高く、本件事業の継続が危うくなる結果、事業譲渡をすることが困難となる。
2 民事再生手続の場合
(1) 民事再生手続においても、FのAに対する売買代金債権は再生手続となり(民事再生法50条1項)、原則として再生手続によらないで、AがFに弁済することはできない(民事再生法85条1項)。
(2) しかし、民事再生手続では、例外的に、①再生債権を早期に弁済しなければ再生債務者の事業の継続に著しい支障を来すこと②当該再生債権が少額といえること、という要件を充足する場合には、裁判所の許可を得て、再生債権者に弁済することができる(民事再生法85条4項後半部分)。
本件では、AF間の取引は、本件事業に欠かせない商品の部品の取引であり、また、Fは倍場代金が期限までに支払われなければ直ちにAとの取引を打ち切る旨を明らかにしているところ、Fに480万円を5月15日までに弁済しなければ、本件事業の継続に著しい支障を来すといえる(①充足)。また、Aの負債総額は13億円であるのに対し、本件のFのAに対する売買代金債権は480万円と、負債総額に比して少額であるといえる(②充足)。
(3) したがって、Aは、裁判所の許可を得ることで、Fに480万円を弁済し、本件事業を継続することが可能である。
第4 結論
以上より、①ないし③いずれにおいても、本件事業を維持・継続しながら事業譲渡をするためには、破産手続よりも民事再生手続によるのが相当であるといえる。
以上