解答例
第1 問1[1]
1 まず、海外渡航の自由は22条2項によって保障されるか。
(1) 確かに、22条2項は、外国の「移住」の自由を認めているにすぎず、一時的な海外渡航の自由が認められないとも思える。しかし、永続的な移住が保障されるのであれば、一時的な旅行も当然に保障に含まれると考える[2]。
そこで、海外渡航の自由は22条2項によって保障されると考える(帆足計事件判決[3])。
(2) 本件Aの自由は海外渡航の自由である。
(3) したがって、Aのかかる自由は22条2項によって保障される。
2 外国に出国する日本人は出国の確認を受けなければならず、その際に有効な旅券を所持していることが必要である(出入国管理及び難民認定法60条1項)。かかる確認ができなければ、当該日本人は出国できない(同条2項)。
Aは、所持旅券法19条1項4号に基づく本件旅券返納命令によって旅券を所持していないため出国できず、海外渡航ができなくなっている。
したがって、Aの上記自由についての制約が認められる。
3 もっとも、上記制約が正当化されるか。
(1) まず、旅券法19条1項4号は、旅券名義人の法益保護のために渡航を中止させる必要性がある場合に旅券返納命令をすることができる旨を定めているところ、かかる目的はパターナリスティックな制約であるため、個人が選択した生き方のために、重要かつ不可欠な基本的人権を侵害することは認められないとの主張が考えられる。
しかし、国民の生命・身体を守ることは国家の主要な責務のひとつであるため、重要な基本権が侵害される場合でも、公共の福祉(13条)の観点から、なお旅券返納命令が正当化される場合はあると考える。
(2) 次に、本件旅券返納命令は行政庁の裁量権の範囲を逸脱・濫用し(行訴法30条)、違憲・違法であると主張することが考えられる。
ア 外務大臣等の旅券返納命令が適法であるというためには、①対象者について、その生命,身体又は財産の保護のために渡航を中止させる必要があると認められ、かつ、②旅券を返納させる必要があると認められなければならない。これらの必要性については、専門的な知識や知見を基にして渡航先の国・地域の情勢を含む国際情勢等を正確に分析、時宜に応じて的確に行われる必要があるため、専門的に担当する外務大臣等の裁量に委ねられているといえる。もっとも、上記旅券返納命令は海外渡航の自由を制約することになる以上、その判断は慎重になされなければならない。そこで、旅券返納命令について、行政庁の判断が重要な事実の基礎を欠くかまたはその内容が社会通念に照らして不合理である場合には、裁量権の範囲を逸脱・濫用し違憲・違法であると考える。
イ 本件では、Aは激しい内戦状態にあったB国の国内において取材を行うために、B国に入ることを計画している。B国について、日本の外務省は避難勧告を発出している。また、外務省領事局海外邦人安全課職員は、Aに対してB国に予行する予定の真偽等について尋ね、出国する予定であるAに対し渡航を思いとどまるよう説得しているが、Aは渡航の意思を変えるつもりはないと述べている。また、本件命令に際して、行政庁はAから身の安全については配慮することや、B国のガイドと落ち合った上でB国に入国すること等の説明を受けている。以上にかんがみれば、外務大臣は本件旅券返納命令を行うにあたって、考慮すべき事情を考慮しなかったとはいえないし、考慮すべきでない事項を考慮したというような事情もない。以上にかんがみれば、Aは治安の非常に悪いB国に出国する可能性が非常に高く、旅券返納命令以外によってはAの出国を阻止できないため、本件旅券返納命令はその内容について不合理であるとはいえない。
また、外務大臣の判断が重要な事実の基礎を欠くというような事情もない。
ウ したがって、本件旅券返納命令は裁量権の範囲を逸脱・濫用しているとはいえず、違憲・違法とはいえない。
4 よって、本件旅券返納命令は、憲法に反しない。
第2 問2
1 行政庁は、旅券返納命令にあたって、理由の提示をしなければならない(旅券法19条4項)。
本件では、外務大臣は、本件旅券返納命令に際して「旅券法19条1項4号該当のため」と記載しており、一応理由の提示はある。
2 もっとも、上記理由付記は理由の提示として不十分であり、旅券法19条4項に反しないか。
(1) 同項の趣旨は、外務大臣の判断の公正と慎重を担保してその恣意を抑制するとともに、国民の不服申し立ての便宜を図る点にある。そこで、行政処分においていかなる程度の理由提示が必要かは、各法律の趣旨・目的に照らして判断すべきである。
そして、旅券法19条4項に関しては、いかなる事実関係に基づきいかなる法規を適用して旅券返納命令がなされたかを被処分者において記載自体から了知しうるものでなければならないと考える[4]。
(2) 本件では、理由の付記として「旅券法19条1項4号該当のため」とのみ記載されているにすぎない。同号は概括的、抽象的な規定であるため、かかる理由自体のみでは、いかなる事実関係に基づいて同号が適用されたかを了知することは不可能である。
(3) したがって、上記理由付記は旅券法19条4項の求める理由の付記として不十分であり、19条4項に反する[5]。
3 そして、理由付記は、行政手続法において不利益処分一般に要求される重要な手続であるところ(同法14条1項)、同手続違反は取消事由にあたると考える。
4 よって、Aのかかる主張は認められるべきである。
第3 問3
1 まず、Aは本件旅券返納命令によって、B国に出国することができず、海外渡航の自由及び、取材の自由、報道の自由が結果として害されている。かかる権利の侵害は金銭に返還できない回復不可能なものであり、かかる権利はAの人格的発展に寄与する自己実現の価値を有する。したがって、かかり権利の制約は「重大な損害」といえる(行政事件訴訟法25条2項、3項)。
2 次に、AはB国に2018年3月15日に日本を出国しようとしているところ、本件旅券返納命令は同月1日になされており、このままではBは海外渡航をすることができない。そして、紛争が行われている現在のB国に入国できなければ、Aの取材という目的を達成することができない。そうだとすれば、Aの損害回避のための「緊急の必要性」もある。
3 もっとも、前述のとおり、Aの出国を認めることは、Aの生命・身体を危険にさらすものである。また、AがB国において身柄を拘束されたような場合には、日本に多大な影響を及ぼすことにもなりかねないところ、「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」があるといえる(25条4項)。
4 よって、Aの執行停止の申立ては認められるべきではない。
以上
[1] モデル判例は、東京高判平成29年9月6日参照。
[2] 基本権・320頁参照。
[3] 最判昭和33年9月10日。
[4] 最判昭和60年1月22日参照。
[5] なお、前掲昭和60年判決は「単に発給拒否の根拠規定を示すだけでは、それによって当該規定の適用の基礎となった事実関係をも当然知り得るような場合を別として」との留保をつけている。かかる留保が、もし仮に当然知り得た事実関係というのを手続外の事実関係も含めて考慮してよいとするのであれば、Aとしては、事前の経緯からいかなる事実関係に基づいて旅券法19条1項4号が適用されたかを了知し得るともいえそうである。そうだとすれば、本件事実関係の下では、理由提示として十分といえなくもないと思われる。要検討。