解答例
第1 設問1(以下、行政事件訴訟法は「行訴法」という。)
1 Aは、関税法(以下、「法」という。)93条の規定がなかったとしても、通知について処分取消しの訴え(行訴法3条2項)により、①の入手を実現することができる。
2 上記訴えによる場合、上記通知が「処分」にあたることが必要であるが、法69条の11第3項の通知は「処分」にあたる。
(1) 「処分」とは、公権力の主体たる国または公共団体の行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、または確定することが法律上認められているものをいう。
(2) 税関検査事件判決[1]によれば、法69条の11第3項の通知は、当該物件につき輸入が許されないとする税関長の意見が初めて公にされ、以後不許可処分がされることはないのが確立した実務の取扱いであることを理由に、税関長の通知は、最終的な拒否の態度の表明として、実質的な拒否処分として機能しているとして、法的効果性を認めている。
確かに、同判例は、行訴法改正前の判例であり、改正後においては、輸入許可の義務付け訴訟(行訴法3条6項1号)等によって対応することが可能であるため、権利保護の実効性を欠くことがなく、取消しの訴えによる必要はない。しかし、同判例は、権利保護の実効性を処分性肯定の論拠として明示していない以上、なお先例としての意義を有する。
(3) したがって、法69条の11第3項の通知は「処分」にあたる。
第2 設問2
1 Aは、法69条の11第7号が「風俗」との不明確な文言を採用していることは、明確性の原則に反し、憲法21条1項に反するとの主張をなし得る。
2 表現の自由は、自己実現の価値及び自己統治の価値の観点から特に重要な権利であって、このような表現の自由を制限する法律については、委縮効果のないように高度の明確性が要求されると考える。
徳島市公安条例事件判決[2]によれば、規定文言の明確性は、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによって判断する、とされる。また、税関検査事件判決によれば、①合憲限定解釈により規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別され、かつ、合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合であり②一般国民の理解において、具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものである場合には、かかる合憲限定解釈によって明確性の原則に反しない、とする。
3 法69条の11第1項7号の「風俗を害すべき書籍、図画」という文言から、具体的にどのような物件を指すかは一義的に明らかでない。
税関検査事件判決は、「風俗を害すべき書籍、図画」を、「猥褻な書籍、図画」等を意味するものと合憲限定解釈をすることができ、これによって明確性に欠けることもないとする。しかし、「風俗」という用語の意味内容は、性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗等、多義にわたり、性的風俗に限定されるべき根拠はどこにもなく、一般国民の理解においてこのような解釈が可能であるとはいえない。
4 よって、法69条の11第1項7号は、憲法21条1項に反し、違憲である。
第3 設問3[3]
1 Xは、法76条1項但し書、同条3項の郵便物検査の規定について、郵便物の開披、鑑定等を行うことを許容しているとした場合、かかる規定は憲法35条の法意に反し、違憲であるとの主張をなし得る。
2 川崎民商事件判決[4]によれば、行政手続であることのみを理由に憲法35条の適用を排除するのは妥当でないとしつつ、①手続の一般的性質②手続の一般的機能③強制の態様・程度④公益性⑤目的、手段の均衡の観点等を総合して判断すれば、憲法35条の法意に反しない、とした。
3 本件についても、上記事由から総合的に判断する。
法76条1項、同条3項の規定は、関税の公平確実な賦課徴収及び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を大量の郵便物について簡易,迅速に実現するための規定であり、公益性が高く、直接刑事責任の追及を目的とする手続ではない。しかし、法109条1項、2項は、輸入禁制品(法69条の11各号)に該当する物品を輸入した者に対して、刑事責任を課しているところ、郵便物検査は、刑事責任追及のための資料の取得修習に直接結びつく作用を有している。また、郵便物検査は、郵便物の発送人または名宛人の承諾なく行われており、強制の態様も強い。そして、その手段も郵便物を開披し、郵便物について鑑定等までなし得るとすれば、郵便物の内容物に対するプライバシーの侵害の程度は高い。
4 以上を総合的に判断すると、上記規定は、法35条の法意に反する[5]。
第4 設問4
1 Xは、もし仮に法76条1項但し書、同条3項が憲法35条の法意に反しないとしても、本件において税関の分析部門においてタバコの調査を行ったこと(以下「鑑定措置」という。)は、法76条1項但し書の許容する行政調査の限度を超え、違法であるとの主張をなし得る。
2 行政調査における検査等により得られた情報や資料を犯罪捜査に用いることは、憲法35条、38条の潜脱となるため、許されない。もっとも、判例[6]によれば、行政調査によって取得収集される証拠資料が後に犯則事件の証拠として利用されることが想定できたとしても、そのことによって直ちに行政調査が犯則事件の調査・操作のための手段として行使されたことにはならない、とする。
3 本件では、仮鑑定においてすでに麻薬の陽性反応を示しており、②が法69条の11第1項1号に該当することについて、明白であったといえる。そうだとすれば、かかる時点において行政調査の目的は達成されたといえる。したがって、判例法理を前提にしても、仮鑑定以降については専ら刑事責任追及のためになされた鑑定処分であったということができ、鑑定措置は令状によるべきであったと考える。
4 よって、鑑定措置は、法76条1項但し書の行政調査として許される範囲を超え、違法である。
[1] 最判昭和59年12月12日民集38巻12号1308頁。
[2] 最大判昭和50年9月10日刑集29巻9号489頁。
[3] 参考判例として、最判平成28年12月9日刑集70巻8号806頁参照、また『憲法判例の射程』(弘文堂、2017年)・第18章〔村山健太郎〕参照。
[4] 最大判昭和47年11月22日刑集26巻9号554頁。
[5] なお、前掲平成28年判決は、郵便物検査の規定は憲法35条の法意に反しない、とする。すなわち、「本件各規定による検査等は,前記のような行政上の目的を達成するための手続で,刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく,そのための資料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものでもない。また,国際郵便物に対する税関検査は国際社会で広く行われており,国内郵便物の場合とは異なり,発送人及び名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシー等への期待がもともと低い上に,郵便物の提示を直接義務付けられているのは,検査を行う時点で郵便物を占有している郵便事業株式会社であって,発送人又は名宛人の占有状態を直接的物理的に排除するものではないから,その権利が制約される程度は相対的に低いといえる。また,税関検査の目的には高い公益性が認められ,大量の国際郵便物につき適正迅速に検査を行って輸出又は輸入の可否を審査する必要があるところ,その内容物の検査において,発送人又は名宛人の承諾を得なくとも,具体的な状況の下で,上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度での検査方法が許容されることは不合理といえない。前記認定事実によれば,税関職員らは,輸入禁制品の有無等を確認するため,本件郵便物を開披し,その内容物を目視するなどしたが,輸入禁制品である疑いが更に強まったことから,内容物を特定するため,必要最小限度の見本を採取して,これを鑑定に付すなどしたものと認められ,本件郵便物検査は,前記のような行政上の目的を達成するために必要かつ相当な限度での検査であったといえる。このような事実関係の下では,裁判官の発する令状を得ずに,郵便物の発送人又は名宛人の承諾を得ることなく,本件郵便物検査を行うことは,本件各規定により許容されていると解される。このように解しても,憲法35条の法意に反しないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和44年(あ)第734号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号554頁,最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)の趣旨に徴して明らかである」とする。
[6] 最決平成16年1月20日刑集58巻1号26頁。