1.関係図
2.解答例
第1 設問1(以下、設問1において民法は法名略。)
1 XはZに対し、YZ間の売買契約に基づく所有権移転登記請求をすることが考えられる。
2 XとYは、Xが支持する条件に合致した土地の売り手がみつかったときには、Y社が買主となって売買契約を締結し、当該売買契約を条件としてその買主の地位を直ちにXに移転する旨合意した。Yは、Zから、甲土地を7000万円で買った。
3 これに対し、Zは、YからXへの契約上の地位の移転について承諾をしていないため、当該契約上の地位の移転は認められない、と反論することが考えられる。
(1) 契約上の地位の移転は、契約の相手方の承諾がない限り認められない(539条の2)。
(2) 本件では、ZはYX間の契約上の地位の移転について承諾していない。
(3) したがって、Zの上記反論は認められる。
4 よって、Xのかかる請求は認められない。
第2 設問2(以下、設問2において民事訴訟法は法名略。)
1 Xの証明活動
(1) 私文書は本人の「押印」があるときは、真正に成立したものと推定される(228条4項)。
(2) 「押印」があるとは、本人の意思による押印行為をいう。そして、判例によれば、作成名義人の印影が同人の印象であることが証明されれば、その捺印が同人の意思に基づいて行われたものと推定される。そのため、作成名義人の印影が同人の印象が証明されることによって、「押印」が推定(以下、「一段目の推定」という。)され、さらに、228条4項により私文書が真正に成立したものと推定される(二段の推定)。
(3) したがって、Xとしては、本件契約書にZの印象による印影がある旨を証明すべきである。
2 Zの証明活動
(1) Zとしては、上記の推定を覆す必要があるため、反証を挙げなければならない。Zは、本件契約書はZの長男Aが無断で作成したものであると主張しており、かかる事実を反証し、真偽不明に持ち込まなければならない。
(2) 一段目の推定の根拠は、印象は通常慎重に管理されており、第三者が容易に押印することはできないという経験則にある。そのため、かかる推定を覆すためには、第三者が押印することができたことを証明する必要がある。具体的には、①印章の盗用があった場合、②別の目的で預けた印章が悪用された場合が考えられる。
(3) Zの上記主張が①による場合、当該主張を推定する間接事実として㋐Aに盗用の機会があったこと㋑Aに盗用の動機があったこと等があり、Zはこれらを証明しなければならない。
(4) Zの上記主張が②による場合、当該主張を推定する間接事実として、㋐Aに印章を預けた事実があったこと㋑Aに悪用の動機があったこと等があり、Zはこれらを証明しなければならない。
(5) よって、Zは事実関係に応じて、上記のような間接事実を証明すべきである。
第3 設問3(以下、設問3において会社法は法名略。)
1 Bは、X社に対して、423条1項に基づく損害賠償責任を負うか。
2 Yは「株式会社」であるX社の「取締役」である。
3 Yは「任務を怠った」(任務懈怠)といえるか。
(1) 取締役は、会社に対して、委任契約に基づく善管注意義務を負い(330条、民法644条)、その一内容として忠実義務を負う[1](355条)。そこで、かかる義務に反する場合には任務懈怠が認められると考える。
(2) 本件では、Bの妻Cが代表取締役に就くP社の行う、甲土地周辺における各家庭への宅配サービス事業が競業取引(356条1項1号)にあたるにもかかわらず、Yが事前に競業取引の承認を得ていないことが法令違反として、任務懈怠にあたるか。
ア 「会社の事業の部類に属する取引」とは、会社が実際に行っている取引と目的物及び市場が競合する取引をいう。
本件では、X社は甲土地上において冷凍食品の宅配事業を開始している。これに対して、P社は甲土地周辺において各家庭への宅配サービス事業を行っている。以上にかんがみれば、食品の宅配という点においてX社と目的物が競合しており、甲土地という点において市場が競合している。
したがって、「会社の事業の部類に属する取引」にあたる。
イ もっとも、BはP社の役員には就任していないもところ取締役「が」競業取引をしたといえるか。
同条の趣旨は、取締役が会社の利益の犠牲の下に、自己又は第三者の利益を図ることを防止する点にある。そこで、取締役が事実上の主宰者として当該他社を支配しているような場合には、当該取締役が競業取引をしたといえると考える。
本件では、BはP社の株式の過半数を有する株主であり、かつ、Bの妻CがP社の代表取締役を務めているところ、Bが事実上の支配者としてP社を支配しているといえる。
したがって、Bが競業取引をしたといえる。
ウ 同号違反の効果は、423条2項の損害額の推定にあるところ、「自己又は第三者のために」とは、自己又は第三者の計算において、を意味すると考える。
本件では、前述のとおり、BはP社の株式の過半数を有しているため、第三者の計算において競業したといえる。
したがって、「自己又は第三者のために」にあたる。
エ X社は取締役会設置会社であるが、Bは事前に「取締役会」で「重要な事実を開示」し「承認」を受けていない(365条1項、356条1項柱書)。
(3) よって、Bは、356条1項1号に反し、任務懈怠にあたる。
4 「第三者」であるP社は、各家庭への宅配サービス事業によって5000万円の利益を上げている。したがって、5000万円が「損害」額と推定される(423条2項)。かかる利益は、上記違反の下でなされた競業取引によって得たものであり、任務懈怠との因果関係も認められる。
5 Bは、競業取引にあたることについて認識可能であったといえるため、少なくとも過失が認められる。
6 以上より、BはX社に対して423条1項に基づき5000万円の損害賠償責任を負う。
以上
[1] 最判昭和45年6月24日参照。なお、有力説は、忠実義務を会社の利益を犠牲にして私利を図ってはならないという「特別の」義務を定めたものであると考える。伊藤靖史ほか『事例で考える会社法[第2版]』(2015年12月、538頁)事例⑫250頁参照。