法律解釈の手筋

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令和4年度 予備試験 刑法 解答例

問題文

問題文は、こちらから。

解答例

第1 設問1(以下、刑法については法名略。)

1 甲が、Yに対して、ブドウを持ってくるように指示した行為に、窃盗未遂罪(243条、235条)が成立する。

(1) 甲の上記行為は、Yに対する単なる指示行為にすぎないものであるが、窃盗罪の実行行為性が認められる。

ア 実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為で、かつ、正犯性を障害する事情がないことをいう。また、正犯とは、結果発生の因果経過を目的的に支配した者をいう。そこで、間接正犯が認められるためには、①利用者が被利用者を道具として利用して因果経過を支配し、②正犯意思が認められ、かつ、③当該行為が法益侵害惹起の現実的危険性を有することが必要であると考える。

イ 本件では、Yは6歳であり是非弁識能力があるとはいえない年齢である。また、Yは、当初甲の指示に従うことをちゅうちょしたが、甲から「いいから早く行きなさい。」と強い口調で言われたために怖くなり、甲の指示に従うことを決めているところ、意思を抑圧されているといえる。これらの事情にかんがみれば、甲がYを道具として支配していたといえる(①充足)。また、甲は自らYに万引きをさせようと考えた首謀者であり、自己の犯罪として遂行する正犯意思を有する(②充足)。そして、甲の上記指示行為は、C店という他人の財物たるブドウをYの占有に移転させる現実的危険性を有する行為である(③充足)。

ウ したがって、甲の上記行為に、窃盗罪の実行行為性が認められる。

(2) Yは、甲の指示に従ってC店に入っていったもののそのまま何もとらずに店を出ているが、甲の指示行為時点で「実行に着手」(43条)したといえる[1]

ア 実行行為の意義は前述のとおりであるところ、「実行に着手」とは、それに密接に関連し、危険性を有する行為をいうと考える。そして、間接正犯の行為者は被利用者を利用する行為時点において規範的障害を克服したといえるし、その後は自然な因果の流れに任せるだけで結果発生するといえる。そこで、間接正犯の実行の着手時期は、利用者が被利用者を利用した時点と考える[2]

イ 本件では、甲はすでにYに対して指示行為を行っているから、すでに規範的障害を克服したといえる。

ウ したがって、「実行に着手」したといえる[3]

(3) よって、甲の上記指示行為に、窃盗未遂罪が成立する。

2 甲が、Xと共謀のうえ、牛肉5パックおよびアイドルの写真集を窃取した行為に、窃盗罪の共謀共同正犯(235条、60条)が成立する。

(1) 甲がXに対して牛肉2パックをとってくるように指示した行為については、Xは13歳と是非弁識能力を有している年齢といえる。また、Xは甲の指示に渋々応じてはいるものの、どうせなら多い方がいいだろうと考えて甲の指示内容であった牛肉2パックよりも多い5パックを手に取り、また、誰にも見られていないことを確認した上でエコバッグに入れるなど、臨機応変に本件窃盗を完遂している。かかる事実にかんがみれば、甲がYの意思を抑圧して道具として支配していたとはいえず(上記①不充足)、実行行為性に欠け、窃盗罪の間接正犯は成立しない[4]

(2) 甲は、窃盗の実行行為そのものは行っていないものの、共同正犯の客観的構成要件を充足する。

ア 共犯の処罰根拠は、正犯者を介して法益侵害を惹起した点にあり、共同正犯の一部実行全部責任の根拠は、各犯罪者が役割分担を通じて、犯罪実現のために本質的な役割ないし重要な寄与を果たした点にある[5]。そこで、①共犯者間の共謀及び②共謀に基づく実行行為が認められれば、共同正犯の客観的構成要件を充足すると考える。

イ 本件では、甲がXに対して牛肉パックをとってくるように指示したことに対して、Xは「分かった」と承諾しており、意思の連絡が認められる。また、Xは実行行為の担当者であり、甲は犯罪の首謀者であるかた、それぞれに重要な役割が認められる。そして、甲及びXは、いずれも牛肉を食べていることからしても、それぞれ自己の犯罪として遂行する正犯意思を有する。以上にかんがみれば、甲とXとの間に、牛肉2パックを窃取するという窃盗罪の共謀が認められる(①充足)。

ウ Xは、C店という「他人」から牛肉5パックおよびアイドルの写真集という「財物」を、C店の意思に反して自己の占有に移転して「窃取」しており、窃盗罪の実行行為性が認められる。なお、牛肉3パック分およびアイドルの写真集については、甲との共謀内容に含まれていないものの、以下のとおり、なお共謀「に基づく」ものといえる。

(ア) 共犯の処罰根拠は前述のとおりであるところ、共謀に「基づく」実行行為とは、共謀に内在する危険性が実行行為として現実化したことをいう[6]と考える。

(イ) 本件共謀は上記のとおりであるが、甲は、どうせなら多い方がいいだろうという理由で牛パックをさらに3パック窃取しているため、犯行の動機の連続性が認められる。また、アイドルの写真集も、牛肉と同じC店において店の出ようとしたタイミングでたまたま見つけて欲しくなったとのことであるから、当初の牛肉2パックを窃取するという動機によって行われたということができる。

(ウ) したがって、牛肉3パック分およびアイドルの写真集についても、共謀に内在する危険性が実行行為として現実化したといえる。

(3) 甲は、牛肉3パック分およびアイドルの写真集については意図していなかったものの、なお故意(38条1項)が認められる。

ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあり、規範は構成要件という形で一般国民に与えられている。そこで、主観的に成立する犯罪と客観的に成立する犯罪が同一の規範たる構成要件内で符合している限り、故意が認められる。

イ 本件の被害客体は牛肉5パックおよびアイドルの写真集であるのに対し甲の主観では牛肉3パックであるが、およそ人の財物に対する窃盗罪という点で、同一構成要件内で符合している。

ウ したがって、甲に故意が認められる。

(4) よって、甲の上記行為について、窃盗罪の共同正犯が成立する。

3 以上より、甲の一連の行為に①窃盗未遂罪と②窃盗罪の共同正犯が成立し、両者は行為の時期が異なる以上併合罪となり、甲はかかる罪責を負う。

第2 設問2

1 第1に、本件は窃盗の機会に行われたものではないため「暴行」にあたらず、事後強盗罪が成立しないとの主張があり得る。

(1) 事後強盗罪の「暴行」とは、事後強盗という犯罪類型及び通常の暴行罪との均衡から、①窃盗の機会に、②相手方の反抗を抑圧するに足りる不法の有形力行使をいうと考える。そして、窃盗の機会があるといえるためには、窃盗犯人と被害者等との間に緊迫した対立状況の継続が必要である[7]と考える。

(2) 本件では、甲は、400メートルという遠い離れた公園まで逃げ、約10分間という短くない時間とどまっていても誰も追ってこなかったことからすれば、甲とFとの間に緊迫した対立状況がなお継続しているとはいえない[8]

(3) したがって、本件甲の行為は、「暴行」にあたらない。

2 第2に、甲の行為は犯行を抑圧するに足りる行為ではないため、事後強盗罪の実行行為性を欠き、事後強盗罪が成立しないとの主張があり得る。

(1) 「暴行」の定義は上記のとおりである。

(2) 本件の甲の行為は、両手でFの胸部を1回押したに行為であり、武器も使用せず、1回のみ胸部を押すという危険性の高くない行為であることからして、反抗を抑圧するに足りない。

(3) したがって、甲の行為は、「暴行」にあたらない。

3 第3に、窃盗罪が既遂に達していないため、事後強盗既遂罪は成立せず、未遂罪にとどまる、との主張がある。

(1) 事後強盗罪の既遂・未遂の区別は、暴行・脅迫に未遂の段階がほとんど観念できず、暴行罪・脅迫罪に未遂犯処罰が規定されていないことから、窃盗行為の既遂・未遂が基準とされるべきである[9]。そして、窃盗行為の既遂判断は、行為者又は第三者に財物の占有が移転したか否かで判断し、財物の大きさ・搬出の容易性・占有者の支配の程度などの事情から総合的に判断する。

(2) 本件では、液晶テレビをトートバッグに入れているものの、同テレビは50cm×40cm×15cmという大きな箱に入ったものであり、かつ、トートバッグから10cmもはみ出した状態になっていた。また、甲は店外へ持ち出していない。これらの事情からすれば、テレビは甲の占有に移転したとはいえない。

(3) したがって、甲の行為は窃取し「た」とはいえず、既遂に達していない。

以上

 

[1] 間接正犯の実行の着手については、橋爪隆『刑法総論の悩みどころ』(有斐閣、2020年)283~289頁参照。

[2] 井田良『講義刑法学・総論』(有斐閣、2018年)442頁。なお、井田教授は、他人の故意行為を利用する場合については、結果発生の自動性が肯定できないため、結果発生の時間的切迫性が生じる時点まで利用者基準説を修正する必要がある、とする。明確ではないが、井田教授の類型に従う限り本件のような意思抑圧を利用した刑事未成年の事案では、非利用者基準説を修正する必要はないと考えているように思われる。なお、間接正犯の場合、利用者が非利用者に結果実現を委ねた時点で行為者としてなすべきことは終わっているから、いまだ切迫性が認められない時点で実行の着手を認めたとしても、未遂の成立範囲が際限なく前倒しされるおそれはなく、また、行動の自由の制約の点でも何ら問題は生じないとして利用者基準説の修正を一切認めない見解もある。かかる見解については、佐藤琢磨『未遂犯と実行の着手』(慶應義塾大学出版会、2016年)269頁参照。私見としても、形式的客観説を原則とする場合には被利用者基準説を修正する根拠に欠けるため、一律に非利用者基準説を採用するのが一貫するように思われる。

[3] なお、仮に利用者基準説を採用した場合、Yが店内において果物コーナーを探した行為時点において実行の着手が認められるかについては、両論あり得るように思われる。電気店に侵入後、なるべく現金を取りたいので煙草売り場のほうに行きかけたときに実行の着手を認めた、最決昭和40年3月9日刑集19巻2号69頁(刑法判例百選Ⅰ総論[第8版]61事件)参照。本件において、果物コーナーの場所が分かっていなかったという事実を重視した場合には、果物コーナーの場所が分からずに歩き回っている時点では現実的な危険性が高まっておらず、実行の着手が認められないといえそうである。他方、すでに果物コーナーと場所を特定したうえで店内を歩いていたという事実を重視した場合には、すでに窃盗の現実的危険性が高まっており、実行の着手が認められるといえそうである。前期昭和40年決定が被告人において煙草売り場の場所を認識したうえで向かっていた事案であることからすれば、私見としては、本件では実行の着手が認められないように思われるものの、説得的に論じることができればいずれの結論でも問題ないと考える。

[4] 最決平成13年10月25日刑集55巻6号519頁参照。本決定は、被告人が、長男B(12歳)に対し、エアーガンを突き付けて脅迫するなどの方法によりスナック経営者C子から金品を奪い取ってくるよう指示命令した。これを承諾したBは、被告人から指示された方法によりC子を脅迫したほか、自己の判断により、スナック出入口のシャッターを下ろしたり、「トイレに入れ。殺さないから入れ。」などと申し向けて脅迫し、同スナック内のトイレに閉じ込めたりするなどしてその反抗を抑圧し、C子所有に係る現金約40万1000円及びショルダーバッグ1個等を強取した事案である。本決定は、「本件当時Bには是非弁別の能力があり、被告人の指示命令はBの意思を抑圧するに足る程度のものではなく、Bは自らの意思により本件強盗の実行を決意した上、臨機応変に対処して本件強盗を完遂したことなどが明らかである。これらの事情に照らすと、所論のように被告人につき本件強盗の間接正犯が成立するものとは、認められない。」とした。

[5] 井田良・前掲注(2)506頁。

[6] かかる共謀の射程の理解については、橋爪・前掲注(1)311頁以下参照。

[7] 橋爪・前掲注(1)209頁参照。

[8] 最判平成16年2月10日参照。平成16年判決では、被害者の家に侵入して財布等を盗んだ後、誰からも追跡・発見されることなく1km離れた公園まで自転車で引き返したが、30分後に再度被害者宅に向かったという事案である。本件は、平成16年判決の事案よりも時間的場所的離隔が少ないものの、対立状況が継続しているか否かという観点からすれば、窃盗の機会は否定されるように思われる。

[9] 最判昭和24年7月9日刑集3巻8号1188頁参照。