解答例
第1 設問1
1 小問1
(1) 認定した間接事実の概要
本件犯行前後に、本件犯行現場付近の応接テーブルにAの指紋が付着していたこと
(2) 認定プロセス
犯人は、令和2年2月1日午後2時から午後9時45分の間に、J県L市内のV方において、Vの胸部を刃物で刺し、逃亡した(証拠①、②、④)。同日9時58分以後、実況見分を行った警察官が、Vが倒れていたV方1階居間中央から東側約1メートルの場所にある応接テーブルから、指紋を採取し、鑑定したところ、Aの指紋と一致した(証拠③)。応接テーブルは、Bが同日午後1時45分頃に拭いており、指紋はそれ以降に付着したものである(証拠⑤)。
(3) 意味付け
以上は、本件犯行前後に本件犯行現場付近の応接テーブルからAの指紋が付着していたという間接事実であり、Aが犯行日時とされる時間帯にV方にいた可能性を示しているという意味で、事件とAを結びつける。
しかし、その時間は、午後2時から午後9時45分と7時間も幅があるところ、AがV方にいた後に第三者が犯行に及んだ可能性は否定できない。
(4) 検察官は、以上から間接事実の推認力は限定的であると考えたと思われる。
2 小問2
(1) 間接事実その3
ア 証拠⑦から認定した間接事実の概要
犯行直後に、AがBに対して電話で「人をナイフで刺してやった」と発言していたこと
イ 認定プロセス
犯人性検討対象事件は前述のとおりである。令和2年2月1日午後9時頃、AがCに対して電話で「むかついたので人をナイフで刺してやった」と供述した事実が認められる(証拠⑦⑧)。
ウ 意味付け
以上は、犯行直後にAが「人をナイフで刺した」と供述していたという間接事実であり、AがVをナイフで刺した可能性を示している点で、事件とAを結びつける事情となる。これに対し、Aが冗談で言った可能性も想定できる。しかし、Aの発言の直前にVが死んでいること、VがAの前働いていたクリーニング店の店長であることが認められるところ(証拠⑤⑦)、このようなタイミングでAが冗談で上記発言をすることは考えにくい。したがって、本件間接事実の推認力は強い。
(2) 間接事実その2
ア 証拠⑦~⑪から認定した間接事実の概要
本件犯行直後に、Aの供述した場所から本件凶器であるナイフが発見されたこと
イ 認定プロセス
犯人性検討対象事件は前述のとおりであり、令和2年2月5日午前11時頃、Cの「令和2年2月1日午後9時頃、Aが『むかついたので人をナイフで刺してやった。刺したナイフは、高校の近くのM県N市O町にある竹やぶに捨てた』と言ってきた」との供述を基に、同竹やぶを捜索したところ、血痕様のものが付着したナイフ(以下「本件ナイフ」という。)を発見した(証拠⑦⑧⑨)。
鑑定の結果、本件ナイフの血痕のDNA型は、Vと一致した(証拠⑩)。死体解剖の結果、本件ナイフが本件犯行に使用された凶器であるとしても矛盾しない(証拠⑪)。以上からすれば、本件ナイフは、本件犯行に用いられた凶器と合理的に認定できる。
ウ 意味付け
以上は、Aの供述した場所から本件凶器が発見されたという間接事実であり、Aが犯行直後に竹やぶに本件凶器を捨てた可能性を示しているという意味で、事件とAを結びつける事情となる。これに対し、Aが犯人から本件凶器の場所を聞いた可能性、Aが犯人の捨てた本件凶器を後から発見した可能性も想定できる。しかし、Aが犯行直後に犯人から凶器の場所を聞いたり、竹やぶから凶器を見つけたりする可能性は高くない。したがって、推認力の程度は強い。
(3) 総合評価
以上の間接事実を総合的に評価すると、もし仮にAが犯人でないとすれば、偶然犯行直前にV方に行き、偶然冗談で犯行直後のタイミングに「人を刺した」と発言し、偶然本件凶器を発見していることになるが、そのような事態はおよそ考えられない。したがって、Aの犯人性が、認められる。
第2 設問2
1 小問1
(1) 弁護人としては、類型証拠開示請求をするべきである(刑訴法316条の15第1項)。
(2) 類型証拠開示請求の際には、①類型該当性(316条の15第3項1号)②開示請求する証拠(同号)③理由(同項2号)を明らかにする必要がある。本件では、以下のとおりである
ア 開示請求する証拠
犯行時刻前後に犯行現場付近にいた者の供述調書その他供述を録取した書面
イ 類型該当性
3号、6号
ウ 理由
証拠⑮の証明力を判断するには、犯行現場の近くにいた他の第三者の供述との整合性を検討することが重要である。
2 小問2
(1) 類型証拠開示の要件は、①類型該当性②重要性③相当性の3つである(刑訴法316条の15第1項前段)。
(2) 証拠⑥は、刑訴法316条の15第1項6号に該当する。同証拠は、W2の供述のうち、V方から大きな声が聞こえたことについて、証明力の判断に重要であるといえる。また、同証拠を開示することで特に生じる弊害等[1]も考え難い。
(3) 以上の考慮から、検察官は、証拠⑥を開示したと考えられる。
第3 設問3
1 検察官の立証趣旨としては、Aが「ナイフで刺してやった」との発言からAからVにナイフを刺していったことを証明しようとしていることが考えられる[2]。かかる場合、本当にAからVを刺したかについて、Aの知覚・記憶・叙述の各過程に誤りが介在する余地があり、検察官の上記立証趣旨、すなわち要証事実との関係でその発言の内容の真実性が問題となる[3]。
2 したがって、裁判所としては、Cの当該供述が伝聞供述(刑訴法320条1項)にあたることを理由に証拠排除決定をすべきである。
第4 設問4
1 第1に、勾留の執行停止(刑訴法95条)の要請をすることが考えられる。
(1) 「適当と認めるとき」とは、具体的には、病気治療のための入院、両親・配偶者等の危篤又は死亡、家族の重大な災害、就職試験、学校の試験などの場合をいうとされる。本件では、Aは父の葬儀の出席を求めているため、「適当と認めるとき」にあたる。
(2) そこで、弁護人としては、葬式のスケジュール、旅程、Aの移動の際の同行者の誓約書・身元保証書などをつけて、裁判官との面接もしくは電話で理由を補充し、職権発動を促すべきである。
2 第2に、勾留取消請求をすることが考えられる(刑訴法87条)。
(1) 「勾留の理由」がなくなったことについて
本件では、すでに結審しており、証拠隠滅のおそれ(刑訴法60条1項1号)はなくなっているといえるため、弁護人はかかる主張をすべきである。また、逃亡のおそれ(同項2号)については、弁護人としては、Aの親族等の身元引受の協力者を探すなどして、そのおそれがなくなったことを主張していくべきである。
(2) 「勾留の必要性」がなくなったことについて
本件では、証拠隠滅のおそれがなくなり、Aには父の葬儀の予定もあるといった新事情から、勾留の必要性がなくなったといえる。そのため、弁護人はかかる主張をしていくべきである。
3 第3に、弁護人としては、保釈請求をすることが考えられる(刑訴法88条1項)。本件は殺人被疑事件であり必要的保釈が認められないため(刑訴法89条1号)、職権保釈(刑訴法90条)が認められる旨の主張をしていくべきである。主張すべき内容は、勾留取消請求とほぼ同様である。
4 第4に、そもそもの勾留決定に違法があると判断される場合には、勾留決定に対する準抗告(刑訴法429条1項2号)をすべきである。
以上
[1] ここでいう「弊害」とは、例えば、証人威迫、罪証隠滅のおそれ、関係者の名誉・プライバシー侵害のおそれ等がある。
[2] このほか、「むかついたから」との供述から殺意を証明しようとしている可能性がある。この場合、Aの供述は心理状態供述として非伝聞ということになるかと思われる。しかし、殺意の立証としては推認力があまりにも弱いため、検察官として当該証拠をこのように立証すること予定していたものではないと思われる。
[3] AからVを刺したことを要証事実とする場合でも非伝聞と考える見解もあり得る。その場合、検察官の立証構造は、Aの上記発言自体からAの認識(殺意や故意とは異なる単なる主観を意味する)としては、自らがVを刺したと認識しているため、かかる認識からAからVを刺したことを推認する、ということになるかと思われる。この場合、Aの発言自体から要証事実を推認することができるため、非伝聞供述ということになる。