解答例
第1 設問1
1 本件条項には、以下の検討のとおり、法的拘束力が認められない。
2 本件条項はいわゆる公害防止協定であるところ、公害防止協定の法的性質が何かが問題となる[1]。公害防止協定は、相手方との合意である以上、原則として民事法上の法的拘束力を認めるべきであると考える。また、立入検査の受任や排出基準を上回る排出規制についても、原則として拘束力を認め、強制執行の方法をさぐるべきである。
そこで、①任意の合意に基づき②公序良俗その他強制放棄に違反せず、かつ平等原則・比例原則などの条理上の限界を超えない範囲で、③具体的な作為、不作為義務を取り決めたときは、公害防止協定に拘束力が認められると考える。また、合意の前提として、④公害防止協定の内容が法の趣旨に反するものではないことが必要である。
3 本件では、Bは、当初本件条項を含む開発協定の締結に難色を示したものの、周辺住民との関係を改善することも必要であると考え、協定の締結に同意している以上、任意の合意が認められる(①充足)。また、本件条項の内容は、Bの開発事業を一切認めないというもので、不作為義務が具体的に定められている(③充足)。もっとも、本件本件条項は、Bが行う廃棄物処理事業に係る開発事業については、今回の開発区域内の土地及び規模に限るものとし、今後一切の例外は認めない、という内容であり、また、法33条1項及び条例の定める基準には、本件条項に関するものは存在しない。法33条は、許可基準に適合している場合には、開発事業を許可しなければならないとしており、都道府県知事に開発許可の効果裁量は与えられていない。そうだとすれば、本件条項は、都道府県知事に効果裁量を与えていない法の趣旨に反する内容を含んでいるといえる(④充足)。また、本件条項は一切の例外を認めないとしているが、周辺住民の反対を考慮するとしても、今後の開発事業について周辺住民からの理解を得られた場合には開発事業を認めない理由はなく、より制限的でない緩やかな手段によっても本件条項を定めた趣旨は達成できる。したがって、本件条項は比例原則に反する(②不充足)。
4 よって、本件条項に拘束力は認められない。
第2 設問2
1 本件通知は、「処分」(行訴法3条2項)にあたると主張する。
(1) 「処分」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。①公権力性及び②法的効果性に加え、③実効的な権利救済の観点を加味して判断する。
(2) まず、公権力性について、本件では、本件条項を根拠に条例4条の協議に応じることができないとの本件通知をしている。本件通知は条例4条に基づくものであり、公権力の主体たるA市長の優越的な立場による一方的なものであるといえる。
(3) 次に法的効果性について、確かに本件通知は事前協議という行政指導の性質を有する行為をしない旨の通知にすぎず、国民の権利義務を形成し又は確定する法的効果性が認められない。しかし、市長は、条例4条の協議をしなかったものについて、必要な措置を講じるよう指導、又は勧告することができ(条例10条)、勧告に正当な理由なく従わなかった者に対しては開発事業の中止命令等をすることができる(条例11条)。そうだとすれば、BがA市長と条例4条の事前協議をしないで開発事業をした場合、相当程度の確実性をもって開発事業の中止命令を受ける可能性があるといえる。以上にかんがみれば、実効的な権利救済の観点から、Bが開発事業にとりかかってから中止命令を出されるという不利益を被る前に、本件通知の時点で争う手段を与えるべきである。したがって、本件通知には、法の仕組みから実質的に法的効果性が認められると考える。
(4) よって、本件通知は「処分」にあたる。
2 以上に対して、Aとしては、以下の反論をすることが考えられる。
(1) まず、本件通知は、本件条項に基づくものであって、条例4条に基づくものではないから、公権力性が認められない。
(2) 次に、事前協議がなされないとしても、中止命令がだされるかまでは不明確であり、相当程度の確実さをもつとまではいえないため、かかる観点から処分性を肯定することはできない。
3 Aの上記反論に対して、Bは以下のとおり再反論する。
(1) 公権力性については、前述のとおり、本件条項には法的拘束力が生じ得ることがあり得るのであり、その場合、AとBは本件条項に拘束されるのであるから、法令の適用についても、本件条項を基礎にしなければならない。そして、本件条項はあくまでBのさらなる開発事業を禁止するにすぎず、Aが条例4条の事前協議を認めないのは、本件条項に拘束される結果事前協議をBと実施する必要がないと判断したためである。したがって、本件通知は条例4条に基づく、法が認めた優越的な地位に基づくものであるといえる。
(2) 次に、法的効果性については、Aはすでに事前協議を本件条項に基づいて実施しない旨の判断をしているところ、これを無視してBが開発事業を行うとすれば、本件条項違反を理由に中止命令をすることが容易に想像できる。したがって相当程度の確実さをもって中止命令が出されるといえる。また、仮に相当程度の確実さをもって中止命令が出されないとしても、判例の射程が及ばないため、相当程度の確実さをもって中止命令が出されることは不要であると考える。すなわち、平成17年判例は、医療法上の勧告について、別の法律である健康保険法に基づく保健医療機関指定の拒否処分と関連付けられた解釈によるものであるのに対して、本件では、条例のみの法的仕組みの解釈による。そして、単一の法的仕組みによって後続に不利益処分が規定されている場合には、相当程度の確実さをもっているかどうかに関わらず、将来開発事業を中止され得るという不安定な地位にあることから、事後的な中止命令の差止訴訟では権利救済の実効性が確保できないといえる。したがって、本件においても処分性を肯定するのが妥当であると考える。
以上
[1] 公売防止協定については、曽和俊文『行政法総論を学ぶ』(有斐閣、2014年)248頁以下、山本隆司『判例から探求する行政法』(有斐閣、2012年)201頁以下参照。