解答例
第1 DのBに対する請求
1 請求の法的構成
①DはBに対して解除に基づく原状回復義請求(545条1項本文)として500万円の金銭返還請求②債務不履行(415条1項本文)に基づく40万円の損害賠償請求[1]③196条1項に基づく50万円の費用償還請求をすることが考えられる。
2 Dの①請求の当否
①については、Bと争いがなく、請求が認められる。
3 Dの②請求の当否
(1) 甲の所有者Cが甲の返還を求め、Dがこれに応じて返還しているところ、BのDに対する甲機械の所有権移転義務(561条)について履行不能に陥っている。また、Cが甲の返還を求めるという事実は、契約締結時点においてその発生を想定することができ、かつ、所有権移転義務を負う債務者が当然に引き受けるべきリスクである以上、Bに帰責事由(415条1項但し書)も認められる。
(2) それでは、Dに「損害」が認められるか。
ア 「損害」とは、債務の本旨に従った履行がなされたならば債権者が有したであろう利益と不履行によって債権者が現に有している利益との差額をいう。
イ 本件では、本件売買契約の債務の本旨に従った履行がなされた場合、Dは売買代金500万円と修理代金30万円の出捐をもって甲を利用することができた。これに対して、債務不履行によって、Dは540万円で甲に代わる機械を購入しており、10万円の利益の差が認められる。
ウ したがって、10万円の限度で「損害」が認められる。
(3) Bの債務不履行とDの被った損害との間に因果関係が認められる。
(4) よって、Dの②請求は、10万円の限度で認められる。
4 Dの③請求の当否
(1) 価値増加分の50万円は「必要費」(196条1項)にあたるか。
ア 「必要費」とは、物の原状を維持して保存するための費用[2]をいう。
イ 本件では、甲機械は故障しており、修理しない限りその利用が認められないのであるから、Dが修理に要した費用30万円は、物の原状の維持に必要な費用といえる。これに対して、甲の価値増加分20万円については、物の保存・管理に要した費用ではなく、管理の結果増大した価値である。
ウ したがって、30万円の限度で「必要費」にあたる。
(2) そうだとしても、Bは、甲の返還を請求しておらず「回復者」[3]にあたらない。
(3) よって、Dの③請求は認められない。
5 Bの反論の当否
(1) Bの反論は、解除に基づく原状回復義請求権(545条1項)としての25万円の金銭返還債権との相殺を意味すると考えられる。
(2) 本件売買契約及びその解除が認められることは明らかである。
(3) そして、545条2項によって売主は金銭の返還に利息を付さなければならないこととの均衡から、買主は目的物の使用利益を返還しなければならないと考える[4]。
したがって、Dは25万円の使用料相当額たる使用利益について、Bに返還債務を負う。
(4) もっとも、後述のように、DはCに対しても使用利益の返還債務を負うところ、二重の支出の負担を負い不都合とも思われるが、BのDに対する債権とCのDに対する債権は使用利益返還という同種の目的を有する債権であり、不可分債権と考えられるため、Dが二重の支出の負担を負うことにはならず、不都合は生じないと考える[5]。
第2 DのCに対する請求
1 請求の法的構成
DはCに対して、196条1項に基づく50万円の費用償還請求をすることが考えられる。
2 Dの請求の当否
(1) 30万円の限度で「必要費」にあたることは、前述のとおりである。
(2) そして、Cは、甲の返還を請求し、その返還を受けた者であるから、「回復者」にあたる。
(3) よって、Dの請求は30万円の限度で認められる。
(4) なお、196条1項の費用償還請求は不当利得の特則であるため、50万円全額について不当利得返還請求(703条)が認められることもない。
3 Cの反論の当否
(1) Cの反論は、190条1項に基づく25万円の果実返還債権との相殺を意味すると考えられる。
(2) Dは甲について「占有」している。また、自己が甲の果実収受権を含む本権を有しないことに「悪意」である。25万円の使用料相当額は、甲の使用利益に相当するものであり「果実」にあたる。
(3) したがって、Cの反論は認められる。
以上
[1] 民法新規定によって、全部他人物売買については、担保責任の特則はなく、債務不履行となるにすぎない(565条括弧書反対解釈)。したがって、端的に債務不履行の成否を検討すれば足りる。
[2] 佐久間(1)〔初〕・285頁。
[3] 回復者とは、所有権その他の本権にもとづいて占有物の返還を請求する者をいう。新版注釈民法(7)・236頁〔田中整爾〕。
[4] もっとも、使用料相当額については、物の使用利益にとどまらず貸主の利潤も含まれるため、利息と等価関係に立つことに疑問を呈する立場は、575条1項類推適用を主張する。北大本・247頁参照。
[5] 最判1976年(昭51年)2月13日民集30巻1号1頁参照。同判決では買主が善意者であったため、真の所有者に対し、後述の190条1項の果実返還債務を負わず、二重の支出が問題とならない事案であった。このことから、本問のような悪意の買主の事案については、判例の射程が及ばず、他人物売買の売主に使用利益返還債務は負わないとの帰結もあり得る。百選Ⅱ〔8版〕45事件解説〔田中教雄〕参照。