法律解釈の手筋

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差押えと相殺の手筋-最高裁昭和45年6月24日大法廷判決-

1.最大判昭和45年6月24日

【事案(簡易版)】

XはAの国税債務滞納処分として昭和33年9月4日、A会社がY銀行に対して有していた預金債権を差押えた。これに対して、Y銀行は、9月4日時点でA会社に対して貸付債権を有しており、Y銀行とA会社の継続的取引約定書によれば、A会社につき差押えの申請があった場合は、A会社のY銀行に対する債務全額につき弁済期が到来し、Y銀行はA会社に負っている債務の期限の利益を放棄する旨の特約がなされていた。そのため、Xが差押えをした時点において、A会社の預金債権とY銀行の貸付債権はともに弁済期が到来するとして、Y銀行は相殺の意思表示をした。

原審は、銀行取引での相殺予約の利用が慣行として定着し、Xもそのことを了知して差押えをしてたして、特約に基づく相殺の対抗を認めた。

 

【判旨】

「相殺の制度は、互いに同種の債権を有する当事者間において、相対立する債権債務を簡易な方法によつて決済し、もつて両者の債権関係を円滑かつ公平に処理することを目的とする合理的な制度であつて、相殺権を行使する債権者の立場からすれば、債務者の資力が不十分な場合においても、自己の債権について確実かつ十分な弁済を受けたと同様な利益を受けることができる点において、受動債権につきあたかも担保権を有するにも似た地位が与えられるという機能を営むものである。相殺制度のこの目的および機能は、現在の経済社会において取引の助長にも役立つものであるから、この制度によつて保護される当事者の地位は、できるかぎり尊重すべきものであつて、当事者の一方の債権について差押が行なわれた場合においても、明文の根拠なくして、たやすくこれを否定すべきものではない。

 およそ、債権が差し押えられた場合においては、差押を受けた者は、被差押債権の処分、ことにその取立をすることを禁止され(民訴法五九八条一項後段)、その結果として、第三債務者もまた、債務者に対し弁済することを禁止され(同項前段、民法四八一条一項)、かつ債務者との間に債務の消滅またはその内容の変更を目的とする債務、すなわち、代物弁済、更改、相殺契約、債権額の減少、弁済期の延期等の約定などをすることが許されなくなるけれども、これは、債務者の権能が差押によつて制限されることから生ずるいわば反射的効果に過ぎないのであつて、第三債務者としては、右制約に反しないかぎり、債務者に対するあらゆる抗弁をもつて差押債権者に対抗することができるものと解すべきである。すなわち、差押は、債務者の行為に関係のない客観的事実または第三債務者のみの行為により、その債権が消滅しまたはその内容が変更されることを妨げる効力を有しないのであつて、第三債務者がその一方的意思表示をもつてする相殺権の行使も、相手方の自己に対する債権が差押を受けたという一事によつて、当然に禁止されるべきいわれはないというべきである。

 もつとも、民法五一一条は、一方において、債権を差し押えた債権者の利益をも考慮し、第三債務者が差押後に取得した債権による相殺は差押債権者に対抗しえない旨を規定している。しかしながら、同条の文言および前示相殺制度の本質に鑑みれば、同条は、第三債務者が債務者に対して有する債権をもつて差押債権者に対し相殺をなしうることを当然の前提としたうえ、差押後に発生した債権または差押後に他から取得した債権を自働債権とする相殺のみを例外的に禁止することによつて、その限度において、差押債権者と第三債務者の間の利益の調節を図つたものと解するのが相当である。したがつて、第三債務者は、その債権が差押後に取得されたものでないかぎり、自働債権および受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後においても、これを自働債権として相殺をなしうるものと解すべきであり、これと異なる論旨は採用することができない。」

 

2.従来の判例変更

本判決は昭和39年判決で採用されたいわゆる制限説を変更し、弁済期の先後を問わずに差押え前に取得した債権を自働債権として相殺することを認めた(改正法511条により明文化)。

これは、相殺予約(自働債権の期限の利益の喪失)の特約の効力を第三者に対して対抗できることを意味するものではない。無制限説では、受働債権と自働債権の弁済期の先後を問わず、受働債権を自働債権の差押え前に取得している以上、相殺を対抗できる。本事案でも、受働債権が差し押さえられるときに既に自働債権を取得している以上、その自働債権の期限の利益の喪失の特約を第三者との関係で否定される理由はない、ということになる。

 

3.差押えと相殺の優劣

(1)無制限説(昭和45年判決)

ア結論

相殺権者は、差押えがなされた後においても、差押え前に取得した債権であれば、かかる債権を自働債権としする相殺をもって差押債権者に対抗できる。

イ理由

511条の反対解釈及び相殺の担保的機能の保護

(2)制限説(弁済期基準説(昭和39年判決))

ア結論

相殺権者は、差押えがなされた後においては、自働債権の弁済期が受働債権の弁済期よりも先に到達する場合には、かかる債権を自働債権とする相殺をもって差押債権者に対抗できる。

イ理由

無制限説によれば、受働債権の弁済期が到来しても弁済をせずに、自働債権の弁済期の到来をまって相殺をするような者まで保護する結果になり、妥当でない。

(3)両説の具体的帰結の違い

無制限説にたったとしても、自働債権の弁済期が到達しない限りは相殺適状(「奏法の債務が弁済期にあるとき」)の要件を満たさないため、相殺することができない。すなわち、無制限説と弁済期基準説の違いは、自働債権の弁済期が受働債権の弁済期よりも後に到来するという場面で、差押債権者が(相殺権者からみた受働)債権の弁済期が到来したにも関わらず、債権を回収することなく自働債権の弁済期が到来して相殺適状が生じ、相殺権者が相殺の意思表示をした場合を保護するかどうか、という場面だけとなる。

このように考えた場合、無制限説の妥当性が疑問に感じられるかもしれない。しかし、差押えと相殺は圧倒的に銀行取引の場面で問題になるという実情に鑑みれば、銀行取引では期限の利益の喪失条項が盛り込まれていることが通常であるところ、無制限説をとることによって、かかる特約を当然に第三者との関係で主張できるとする無制限説も一理ある。おそらく無制限説ではこのような実質的考慮が働いているものと考えられる。

 

4.物上代位と相殺との異同

別記事「抵当権の物上代位と第三者の競合の手筋」の4.物上代位と相殺-最高裁平成13年3月13日判決-も参照。

【具体的帰結】

1.差押えがなされる前に相殺をした場合

(1)差押えと相殺

相殺によって債務が消滅する以上、差押えは認められない。

(2)物上代位と相殺

相殺が「払渡し又は引渡し」にあたる以上、差押えは認められない。

2.差押えがなされた後に相殺をした場合

(1)差押えと相殺

無制限説によれば、弁済期の先後を問わずして、差押債権者に対抗できる。

(2)物上代位と差押え

抵当権設定登記よりも前に自働債権を取得した場合、相殺が認められる。

抵当権設定登記よりも後に自働債権を取得した場合、相殺は認められない。

 

5.債権譲渡と相殺-最高裁昭和50年12月8日-

判例は無制限説に立っており、具体的帰結は差押えと相殺の場合と変わらない。

 

6.参考論証(差押えと相殺の優劣)

(1) 本件では、相殺の意思表示の前に受働債権について差押えがなされているが、このような場合でも、第三債務者は差押え前に債務者に対して取得した債権を自働債権として、相殺をすることを差押債権者に対抗することができるか。

ア 511条の反対解釈によれば、自働債権と受働債権の弁済期の先後は問われていない。また、差押えと相殺が問題となる銀行取引の実情に鑑みれば、相殺の担保的機能は最大限保護すべきである。

    そこで、第三債務者は差押え前に受働債権を取得している限り、受働債権と自働債権の弁済期の先後を問わず、相殺適状に達していれば、相殺をもって差押債権者に対抗できると考える。

イ 本件では、第三債務差の取得した受働債権は、差押え日である〇月〇日よりも前/後である。

ウ したがって、第三債務者は差押債権者に相殺をもって対抗することができる/できない。