法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題16 「哀しき親子」 解答例

解答例

第1 乙の罪責[1]

 1 乙が、甲と共同して、Aの体を押さえつけた行為に傷害致死罪の共同正犯(60条、204条)が成立する。

 (1) 甲乙の上記共同行為は、実行共同正犯の客観的構成要件を充足する。

   ア 一部実行全部責任の処罰根拠は、各犯罪者がそれぞれ作業分担を通じて重要な役割ないし本質的な寄与を果たした点にある。 

     そこで、①共犯者間の共謀及び②共謀に基づく実行行為が認められる場合には、共同正犯の客観的構成要件を充足すると考える。

   イ 本件では、甲と乙は直接的な意思連絡をしていない。しかし、以前からAが酩酊して暴れた場合には、甲乙が共同してAを押さえつけるという対処をしてきていた。今回も、Aが酩酊して暴れたために甲がAの体を押さえつけ、乙も甲の意図を察知して同人の体を一緒に押さえつけているところ、甲乙間には現場における黙示の意思連絡が認められる。また、甲乙は共同して実行行為を行っており、重要な役割を果たしている上、正犯意思も認められる。以上に鑑みれば、甲乙には上記実行行為時における犯罪の共同遂行合意たる共謀が認められる(①充足)。また、甲乙は、上記現場共謀によってAの体を押さえつけるという不法な有形力行使たる暴行行為を行っている。確かに、乙の行為はAの頸部を押さえつけるという生命侵害惹起の危険性を有する行為である。しかし、甲乙間で形成された黙示の共謀内容としては、Aの体を押さえつけるという内容であり、乙はナイフなどの武器を使用したというわけでもない以上、乙の行為は、なおかかる共謀内容の危険性が現実化したものといえ、共謀の射程が及ぶ[2]。以上にかんがみれば、共謀に基づく実行行為もある(②充足)。

   ウ したがって、上記共同行為は、実行共同正犯の客観的構成要件を充足する。

 (2) Aは死亡しており、かつ、Aの死と上記共同行為との間に因果関係も認められる。

 (3) 乙は、上記共同行為の存在を認識・認容している。なお、結果的加重犯は結果の生じる類型的な高度の危険性を処罰するものである以上、結果発生について過失も不要である。

 (4) 甲乙の上記共同行為に正当防衛(36条)は成立せず、違法性が阻却されない。

   ア 乙は、Aから後頭部や背中あたりを手拳で何度も殴られており、「自己の権利」たる乙の身体に対する「急迫」「不正」の「侵害」が認められる。

   イ 乙は上記行為を行っているうちに憤激の念が高まっているが、なお「防衛するため」といえる。

   (ア) 「防衛するため」という文言及び行為不法の観点から防衛の意思が必要である。本能的な防衛行為についても違法性は阻却されるところ、防衛の意思とは急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態をいうと考える。そして、侵害された場合に加害意思を有することは通常起こり得るため、専ら加害の意思をもって加害行為を行わない限り、防衛の意思は認められる。

   (イ) 本件では、乙は憤激の念が高まっているが、なお防衛の意思を有している。

   (ウ) したがって、「防衛するため」にあたる[3]

   ウ もっとも、甲乙の上記共同行為は、Aの頸部という人体の枢要部に対して体重をかけて押さえつけるという危険性の高い行為を行っており、法益保護のための必要最小限度の行為とはいえず、「やむを得ずにした行為」にあたらない。

   エ したがって、正当防衛は成立しない。

 (5) よって、甲乙の上記共同行為に傷害致死罪の共同正犯(60条、205条)が成立する[4]

2 以上より、甲乙の上記共同行為について、乙には傷害致死罪の共同正犯が成立し、任意的減免が認められる。

第2 甲の罪責

 1 甲が、乙と共同して、Aの体を押さえつけた行為について、甲に傷害致死罪の共同正犯(60条、204条)が成立しない。

(1) 前述のとおり、甲乙の上記共同行為は、共同正犯の客観的構成要件を充足する。また、乙は暴行罪の故意に欠けるところがない。

(2) 前述のとおり、上記共同行為は「やむを得ずにした」行為とはいえず、過剰防衛(36条2項)が成立するにとどまる。確かに、甲の行為のみであれば必要最小限度の行為といえ、「やむを得ずにした行為」といえる。しかし、構成要件該当行為が違法性阻の評価の対象となる以上、客観面については共同行為の全体を一体的に評価すべきである[5]

   したがって、甲についても違法性は阻却されない。 

 (3) 甲は、乙が上記のような過剰防衛行為をしていることを認識していないため、責任故意が阻却される。

   ア 故意責任の本質は、反規範的行為に対する道義的非難にあり、違法性阻却事由も規範として一般国民に与えられている。

     そこで、行為者の主観を基準として違法性阻却事由が認められる場合、責任故意が阻却されると考える。

   イ 本件では、甲は乙の上記過剰行為を認識していないため、かかる行為を除いて正当防衛の成否を検討することになる。そして、Aの頸部を押さえつけるという行為を除いた場合、甲乙の共同行為は、Aをずっと押さえつけていないと再び暴れ出すことがしばしばあったという過去の事実からすれば、Aの暴行から甲乙を防衛するために必要最小限度の行為といえ、「やむを得ずにした」といえる。

     以上にかんがみれば、甲の主観によれば、正当防衛が成立し、違法性阻却事由が認められる。

   ウ したがって、甲の責任故意が阻却される[6]

(4) よって、甲乙の上記共同行為について、甲に傷害致死罪の共同正犯は成立しない。

2 甲乙の上記共同行為について、甲は必死に防衛行為を行っている以上、乙が過剰行為をしていることについて予見可能性がないといえ、過失致死罪も成立しない。

3 以上より、甲には何らの犯罪も成立しない。

 

以上

 

[1] 本解答例は、まず人ごとにナンバリングを分けてそれぞれで犯罪の成否を検討しているが、甲乙の共同行為をまとめて検討し、構成要件・違法性阻却事由のそれぞれで甲又は乙独自で問題になる点を検討していくという論述の仕方もあり得ると思われる。

[2] 共謀の射程が一応問題になることについて、橋爪連載(総論)第14回89頁参照。

[3] 最判昭和46年11月16日参照。

[4] 後述のとおり甲には犯罪が成立しない以上、乙は傷害致死罪の単独正犯が成立するという結論の方が自然かもしれない。橋爪連載(総論)第14回90頁参照。

[5] 橋爪連載(総論)第14回87頁参照。

[6] 東京地判平成14年11月21日参照。