法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題3 「ヒモ生活の果てに」 解答例

解答例

 

第1 甲の罪責

 1 甲がBの頭部右側を5回にわたり殴打した行為に傷害罪(205条)が成立する。

 (1) 甲の上記行為は、頭部という人体の枢要部に殴打によって衝撃を加えるものである。暴行を受けたBは4歳半と幼く、殴打という態様の強い暴行から身を守るすべがないことに鑑みれば、甲の上記行為は、Bの生命侵害惹起の現実的危険性を有するといえる。

(2) Bは死亡した。

 (3) もっとも、本件では、後述のとおり甲乙の不作為という介在事情が存在するところ、甲の上記行為とBの死亡との間に因果関係が認められない。

   ア 法的因果関係は、当該行為者に結果責任を問うことができるかという問題であるところ、当該行為の危険が結果へと現実化したといえる場合には、当該行為者に結果責任を問うことができる。

イ 確かに、本件介在事情は不作為によるものであり、Bの死因は甲の上記行為によるものであるところ、上記行為の危険性がそのまま結果へと現実化したとも思える。しかし、甲乙の作為義務が肯定される時点で作為義務を履行していれば、Bの救命は確実であったのであるから、本件実行行為には死亡させるだけの危険性があったとはいえず、上記行為の危険性がBの死へと現実化したということはできない[1]

   イ したがって、因果関係が認められない。

 (4) よって、甲の上記行為について傷害罪の限度で成立する。

 2 甲が、乙と共同して、Bが死ぬかもしれないと思いながらBを乙の自宅に放置した行為について、甲に乙と保護責任者遺棄致死罪の共同正犯(60条、199条)及び、殺人罪の単独正犯(199条)が成立する。

 (1) 甲乙の上記共同不作為は、共同正犯の客観的構成要件を充足する。

   ア 一部実行全部責任の処罰根拠は、各犯罪者が作業分担を通じて犯罪実現のために重要な役割ないし本質的な寄与を果たした点にある。

     そこで、①各共犯者間に共謀があり、②共謀に基づく実行行為が認められる場合には、共同正犯の客観的構成要件を充足すると考える。

   イ 本件では、甲は「気を失っただけだから大丈夫」「私にまかせておいて」などと乙にいって、Bを病院に連れていくことを拒んでおり、乙もこれに同意しているところ、意思の連絡が認められる。また、本件では、甲乙両者に作為義務が認められ、実行行為性が認められるところ、重要な役割及び正犯意思が認められる。以上にかんがみれば、本件不作為時において、甲乙にはBに対する保護責任者遺棄致死罪の犯罪共同遂行合意たる共謀が認められる(①充足)[2]

ウ 甲の作為義務

  実行行為とは、法益侵害惹起の現実的危険を有する行為をいい、不作為も実行行為たりうる。もっとも、いかなる不作為も実行行為となると自由保障機能を害する。そこで、作為との構成要件的同価値性すなわち①作為義務が認められ、その不履行があること②その前提としての作為の容易性・可能性が認められれば、実行行為性が認められると考える。

甲は、Bの親であり、Bの監護義務を負う。また、本件Bの生命惹起は甲の前述の暴行行為によって危険が創出されており、先行行為が認められる。さらに、本件行為現場である乙の自宅には、甲と乙以外の者がいない以上、Bの生命侵害の結果発生について甲乙に排他的に支配されている。以上にかんがみれば、甲にはBを病院に連れていくなどの救命義務が認められ、甲はかかる義務を履行していない。また、病院に連れていくことは、通常困難なものではなく、また、救急車の要請によっても義務履行が可能である。かかる義務の履行によって治療が可能な状況にあった以上、作為義務の可能性・容易性も認められる。

  したがって、上記共謀に基づく実行行為も認められる(②充足)。

エ 乙の作為義務

  本件では、確かに乙はBに対して生命を侵害する直接的危険創出行為をしていない。しかし、乙は、Bの生命侵害を惹起した甲のBに対する傷害致死罪の幇助が認められ、甲と共に危険を創出したといえる。また、甲の行為は乙に疎まれたくない一心からであり、甲n行為は乙に支配されているとも見うる。そして、上記不作為時、自宅には甲及び乙しかおらず、Bの生命は甲及び乙に排他的に依存していたといえる。以上にかんがみれば、乙にもBを病院に連れて行く義務が認められ、乙はかかる義務を履行していない。作為の容易性・可能性も前述と同様に認められる。

  したがって、乙の不作為についても、共謀に基づく実行行為といえる(②充足)。

オ よって、共同正犯の客観的構成要件を充足する。

 (2) Bは死亡している。また、Bが傷害を受けた時点ですぐに病院に連れて行って治療を受けさせれば、Bの救命は確実であったのであるから、甲乙が作為義務を履行していれば、Bの救命が合理的疑いを超える程度に確実であったといえ、甲乙の上記不作為とBの死との間に因果関係が認められる。

 (3) 甲は、すぐにBを病院に連れて行って治療を受けさせ負ければBの命が危ないと思っており、Bの死を認識している。そして、このままBが死亡してしまえば乙との関係もうまくいくと思い、上記不作為に出ているところ、Bの死について認容もしている。したがって、甲には上記犯罪事実に対する認識・認容が認められ、故意(38条1項)が認められる。

 (4) よって、甲乙の上記不作為について甲に殺人罪が成立し、後述のとおり、保護責任者遺棄致死罪の限度で、乙と共同正犯が成立する。

 3 以上より、甲の一連の行為に①傷害罪②殺人罪(保護責任者遺棄致死罪の限度で乙との共同正犯)が成立し、両者はどちらも甲の身体・生命に対する法益侵害であるところ、法益が共通であるため、包括一罪となる。甲はかかる罪責を負う。

第2 乙の罪責

 1 乙が、甲の暴行を黙認した行為に、傷害罪の幇助犯(62条1項、205条)が成立しないか。

 (1) 乙の上記行為は期待された行為をしない不作為であるが、「幇助」にあたるか。

   ア 幇助とは、実行行為以外の方法で実行行為を容易又は促進する行為をいう。そして、不作為の幇助についても、前述と同様の基準で判断する。

   イ 本件では、乙の自宅には行為者甲と乙がいるのみであり、結果防止に向けた一定の措置を講ずるに当たり、乙以外の者にその措置を期待することが困難である。そうだとすれば、乙には甲を説得して暴行を止めさせる義務があるといえる。それにも関わらず、乙はかかる義務を怠った(①充足)。また、甲は乙に夢中になっており、乙は甲を説得することで、当該暴行をやめさせることが容易であったといえ、かかる義務は可能かつ容易であった(②充足)。

   ウ したがって、乙の上記不作為は「幇助」にあたる。

 (2) 後述のとおり、甲の実行行為は行われ、上記行為によって甲の傷害罪の犯行は容易になったといえる。もっとも、乙は甲との意思連絡が認められないため、甲との共同正犯は成立しない。

 (3) よって、乙の上記行為に傷害罪の幇助犯が成立する。

 2 乙が、甲と共同して、Bを乙の自宅に放置した行為について、乙に保護責任者遺棄致死罪の共同正犯(60条、219条)が成立する。

 (1) まず、甲乙の上記共同不作為が共同正犯の客観的構成要件を充足し、かつ殺人罪の客観的構成要件を充足することは前述のとおりである。殺人罪と保護責任者遺棄罪は、人の生命を保護法益としている点で共通し(①充足)、不作為を処罰する点で行為態様も共通する(②充足)。したがって、殺人罪の客観的構成要件の充足が認められるということは、保護責任者遺棄致死罪の客観的構成要件も充足する。

 (2) もっとも、乙には、Bが死ぬという認識がない以上、殺人罪の故意(38条1項)が認められない。したがって、乙には保護責任者遺棄罪の故意が認められるにとどまる。なお、結果的加重犯は類型的で高度の結果発生を処罰する犯罪類型であるところ、加重結果について、行為者の過失も不要である。

 (3) よって、甲乙の上記共同不作為について、乙に保護責任者遺棄致死罪の共同正犯が成立する。

 3 以上より、乙の一連の行為に①傷害罪の幇助犯②保護責任者遺棄致死罪の共同正犯が成立し、①と②は包括一罪となる。乙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 橋爪連載(総論)第2回・95頁参照。

[2] もし仮に、甲乙間に意思連絡が認められない場合の処理はどうなるか。この場合、甲乙それぞれが作為義務を負うと考える場合、同時犯ということになり、甲乙それぞれの不作為とBの死との間の因果関係を肯定することができず、甲乙の不作為についてはそれぞれ殺人未遂罪の成立に留まるように思われる。加えて、このように甲乙の共同不作為を同時犯として殺人未遂罪で処理する場合、先行するAの暴行行為については、Bの死という危険の現実化が認められるとして暴行行為とBの死との間に因果関係を肯定し、傷害致死罪まで成立すると考えるのが整合的であると思われる。しかし、不作為の同時犯も作為と同様に考えてよいのか、不作為が殺人未遂罪にとどまる場合に甲の暴行行為について傷害致死罪まで成立すると考えるのが妥当か(やはり因果関係が認められず、傷害罪までしか成立しないのではないか)というような疑問があり、本解答例は意思連絡を肯定して処理している。