法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題18 「キング・オブ・アフリカ」 解答例

解答例

 

第1 乙の罪責 (以下、刑法は法名略。)

 1 乙の、Aに対してお金を払う気がないのに「品物を受け取るまでは渡せない」などとお金を払う気があるかのように装って、よってAを誤信させ「キング・オブ・アフリカ」(以下「本件ダイヤ」という。)を交付させた行為に、詐欺罪(246条1項)が成立する。

 (1) 乙の上記行為によってAが容認したのは「Aに預ける」ことのみであるが、占有の移転が認められ、上記行為は「人を欺」く行為にあたる。

   ア 「人を欺」く行為は、窃盗罪との区別の観点から占有移転に向けられたものであることを要する。占有移転に向けられたものかどうかは、①被害者の容認していた状況を前提として、②占有の移転があるといえるかどうかによって決すると考える[1]

   イ 本件では、Aは本件ダイヤを先方に先に渡すことを容認してAに預けている。つまり、本件ダイヤを303号室の外に持ち出すことまでをAは容認している(①)。303号室の外に出れば、ホテルを利用する不特定多数者が通行できる公共の空間になり、Aの本件ダイヤに対する事実上の管理・支配は及ばなくなるといえるため、Aの容認している状況を前提にすれば、Aは本件ダイヤの占有移転を容認しているといえる(②)。

   ウ したがって、乙の上記行為は占有移転に向けられたものであるといえ、「人を欺」く行為にあたる。

 (2) 乙はAから「財物」たる本件ダイヤを預かり、303号室の外に出ることで本件ダイヤの占有が終局的に乙に移転し「交付」されたといえる。乙の上記行為と、Aの錯誤、その後の本件ダイヤの乙へ交付行為のそれぞれの間に因果関係が認められる。

 (3) 乙は上記行為を認識・認容しており、故意(38条1項)が認められる。

 (4) よって、乙の上記行為に詐欺罪が成立する。

2 乙が、甲と共謀の上、Aに対して拳銃で弾丸5発を発射しAを死亡させた点に、2項強盗殺人罪の共謀共同正犯(60条1項、240条)が成立する。

(1) 乙は、強盗殺人罪の実行行為を行っていないが、共謀共同正犯の客観的構成要件を充足する。

  ア 一部実行全部責任の処罰根拠は、各犯罪者が作業分担を通じて重要な役割ないし本質的な寄与を果たした点にある。そこで、①共犯者間の共謀及び②共謀に基づく実行行為がある場合には、共謀共同正犯の客観的構成要件を充足すると考える。

  イ 本件では、甲は乙に対し協力を依頼し、これに対して乙は「Aを殺してダイヤを奪うわけですね。協力しましょう。」と承諾しており、意思の連絡が認められる。また、乙は、宝石商という地位を利用してAをおびき出すという、乙にしかできない重要な役割を果たしている。さらに、乙は、本件における一連の犯行の具体的計画をしており、かつ、本件ダイヤを詐欺行為によってAから譲り受けるなど、2項強盗殺人罪の前提となる重要な役割を果たしている。そして、乙は、甲から1000万円の報酬を受ける約束をしていること、乙はAに対して300万円の債務を負っておりこれを機会にAを殺害すれば一挙両得であると考えていることから、自らのためにも本件犯行を行う正犯意思がある。甲についても、本件犯行の首謀者であり、かつ、後述のとおり強盗殺人罪の実行行為を行っていることから、重要な役割及び正犯意思が認められる。以上にかんがみれば、甲乙間には甲の後述の実行行為時における2項強盗殺人罪の犯罪共同遂行合意たる共謀が認められる(①充足)。また、後述のとおり、甲は共謀に基づく実行行為を行っている(②充足)。

  ウ したがって、乙は共同正犯の客観的構成要件を充足する。

 (2) よって、乙には甲の上記行為について、2項強盗殺人罪の共同正犯が成立する。

 3 乙が甲の上記2の行為を利用して、乙が300万円の債務を免れた点について、2項強盗殺人罪の間接正犯が成立する。

 (1) 乙は2項強盗罪の結果をもたらす直接的な行為を自ら行っていないが、甲を利用した行為に実行行為性が認められる。

ア 実行行為とは、①法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為であり②正犯性を障害する事情がないことをいう[2]。正犯性とは、犯罪の結果発生に向けられた因果経過を目的的に支配することをいう。そこで、他人の行為を介していたとしても、①他人を道具として支配・利用して結果発生の因果経過を支配し②正犯意思を有する上、③被利用行為が法益侵害惹起の現実的危険性を有する場合には、実行行為性が認められる。

   イ 本件では、甲は乙がAに対して約300万円の債務を負っていることを認識していないため、甲がAに対し拳銃で弾丸を発射した行為時に、乙のAに対する300万円の債務についての2項強盗殺人罪の犯罪共同遂行合意があったとはいえないため、共謀は認められない。

     そして、甲は乙の上記行為を利用することで、自らのAに対する債務を免れており、同債務の強盗殺人罪の限りで、甲の行為を利用し結果発生の因果経過を支配しているといい得る(①充足)[3]。また、乙は、自らがAに対して負う債務を免れようとしている点で正犯意思が認められる(②充足)。甲の上記行為は、当該借金のことをA以外知らない状態でAを殺す行為であるところ、具体的かつ確実な利益移転に受けられた行為であり、2項強盗罪の法益侵害惹起の現実的危険性を有する行為にあたる(③充足)。

   ウ したがって、乙の甲を利用した行為に実行行為性が認められる。

 (2) Aは死亡しており、乙の上記利用行為との間に因果関係が認められる。また、乙には同利用行為の故意が認められる。

 (3) よって、乙の上記利用行為に2項強盗罪が成立する。

 4 以上より、乙の一連の行為に、①詐欺罪②2項強盗殺人罪の共同正犯③2項強盗殺人罪の間接正犯が成立し、①と②は本件ダイヤという同一の財産に対する法益侵害であるため、①が②に吸収され包括一罪となる。また、②と③は同一の行為よって結果発生しているため、観念的競合(54条1項)となる[4]。乙はかかる罪責を負う。

第2 甲の罪責

 1 甲のAに対し拳銃で弾丸5発を発射させた行為に、強盗殺人罪(240条)が成立する。

 (1) 甲の上記行為は、拳銃という殺傷能力の高い武器を利用するものであり、Aを死亡させる危険性が非常に高い行為であるところ、Aを死亡させることで本件ダイヤの返還請求権を具体的かつ確実に利益移転させることができ、かつ、相手方の反抗を完全に抑圧することができるため、「前項の方法」(236条2項)たる「暴行」(同条1項)にあたる。したがって、甲は「強盗」にあたる。

 (2) Aは「死亡」しており、上記行為との間に因果関係が認められる。また、Aには上記行為の故意が認められる。

 (3) よって、Aの上記行為に2項強盗殺人罪が認められる。前述のとおり、乙との共同正犯が成立する。

 2 以上より、甲の行為に2項強盗殺人罪が成立し、甲はかかる罪責を負う。

第3 丙の罪責

 1 丙の乙を犯行現場であるCホテルまで車で連れて行った行為や、本件ダイヤを303号室の外からダイヤを持ち、かつ、ダイヤを持ったまま車を運転して逃走した行為に、詐欺罪の幇助犯(62条1項、246条1項)及び、2項強盗殺人罪の幇助犯(62条1項、240条)が成立する。

 (1) 幇助とは、実行行為以外の方法で、正犯の実行行為を容易にする行為をいう。丙の上記行為は、いずれも詐欺罪及び強盗殺人罪の実行行為にはあたらないが、正犯者たる乙を犯行現場まで運んだり、本件ダイヤをホテルから持ち出したり、甲及び乙の実行行為を物理的に容易にしている。また、丙は乙から「お前の娘を風俗店に売りに出されたいのか」などと脅され、しぶしぶ本件犯行に協力しているにすぎず、正犯意思がないため、甲乙との共同正犯も成立しない[5]

 (2) 前述のとおり、詐欺罪も強盗殺人罪も成立している。

 (3) よって、丙の上記行為に、詐欺罪及び2項強盗殺人罪の幇助犯が成立する。

 2 以上より、丙の一連の行為に①詐欺罪の幇助犯②2項強盗殺人罪の幇助犯が成立する。①及び②は同一の幇助行為によって成立するため、観念的競合(54条1項)となり、丙はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] 橋爪連載(各論)第9回・78頁参照。

[2] 井田良『入門刑法学 総論』(有斐閣・2013)222頁参照。

[3] 本解説でも述べられているとおり、この記述は相当に苦しい。甲は本件ダイヤの返還請求権を免れる限りで自ら2項強盗罪の実行行為を行っており、同罪の規範的障害を自ら克服しているところ、そのような甲の行為を乙が支配・利用していたとは言い難いからである。しかし、部分的犯罪共同説の立場からすれば、このような場合には間接正犯を認めることが論理的には整合するところであり、本解答例は苦しいながらも間接正犯構成を採用する。犯罪共同説において、間接正犯を広く認める必要性があることを示唆するものとして、橋爪連載(総論)第20回・110頁注(56)参照。

[4] 本件ダイヤについての2項強盗罪の実行行為は甲の拳銃で弾丸5発をAに対し発射した行為であるのに対して、300万円の債務についての2項強盗罪の実行行為は乙の甲を利用する行為であるため、併合罪という処理も考えられなくもない。

[5] 共同正犯の共謀の考慮要素に正犯意思を要求する見解からは実行行為を分担していたとしも、共同正犯とならない余地があることになる。本解説では少数説とされているが、行為無価値論からは共同正犯の成立要件に正犯意思を要求する結果、実行行為を分担していても正犯性が認められない場合があるという理解の方が素直なようにも思われる。