法律解釈の手筋

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慶應ロー入試 平成26年度(2014年度) 刑事訴訟法 解答例

解答例

第1 下線部①の適法性

 1 まず、乙は同日午後6時時頃に起きたひったくり事件の犯人と身体的特徴が類似しており、「何らかの犯罪を犯し」ていると「疑うに足りる相当な理由」があるといえ、下線部①の声をかける行為は、警察官職務執行法(以下「警職法」という)2条1項により許される。

 2 次に、Kが乙の左肩に手をかけた行為は適法か。

 (1) 警職法2条3項は、一般に強制処分を禁止していると解されているが、一切の有形力行使が認められないとなると捜査の実効性が害されるし、「停止させ」との文言から、一定程度の有形力の行使は認められると考える。

    もっとも、警察比例の原則(警職法1条2項)の観点から、有形力行使は、職務質問の必要性、緊急性等を考慮したうえ、具体的状況の下で相当といえる場合に限って許されると考える。

 (2) 本件では、ひったくり犯という比較てき軽微な事件ではあるものの、乙は犯人との身体的特徴が類似しており、嫌疑の程度は高いといえ、職務質問を迅速に行うべき緊急性がみとめられる。それに対して、Kの行為は乙の左肩に手をかけただけであり、身体的侵害は生じておらず、有形力行使のなかでもかなり穏当な行為であるといえる。

 (3) よって、本件行為は適法である。

第2 下線部②の適法性

 1 本件行為は適法か。乙を見た警察署まで連れて行った一連の行為が逮捕にあたるにもかかわらず、逮捕状を発付していないとして、本件行為が違法とならないか。

 2 逮捕とは、個人の意思を制圧して、身体を拘束するという重要な法益侵害を伴う強制処分である。実質的に逮捕にあたるかどうかは、①同行を求めた時間・場所②同行の方法・態様③同行を求める必要性等を総合考慮して判断すべきと考える。

 3 本件では、乙は明確に警察署までの同行を拒否しており、本件同行はかかる意思を制圧しているといえる。

確かに、午後7時という遅くない時間帯において、人々が集まり交通の妨げになったために警察署までの同行の必要性が高かった事案である。しかし、本件における同行の方法・態様は、パトカーから10メートル離れた場所から乙の背中を押してパトカー付近まで連れて行き、かつ、乙の腰のベルトをつかんでパトカーに乗るように言っており、実質的に乙が逃げられないように同行が行われたものであった。また、その後、乗車を嫌がる乙に対して、腰付近を押して無理やりパトカーに押しやり、後部座席に座らせた後は、両隣に警察官が座り逃亡もできないような体制をとっており、身体拘束の程度が著しいといえる。

 4 したがって、本件同行は実質逮捕にあたり、違法である。

第3 下線部③における勾留の適否

 1 本件勾留に先立つ逮捕には、前述のとおり違法な点があるが、このような場合においても勾留は許されるか。

 2 法は、正当事由なく法定の時間制限を超えてなされた勾留請求を却下しなければならないとする(207条5項但し書、206条2項)。その実質的理由は、逮捕には不服申立て制度が用意されていないこと及び将来の違法捜査抑止にある。

   そこで、逮捕手続で制限期間不遵守に匹敵する重大な違法があった場合には、勾留請求は却下すべきと考える。

 3 本件では、確かに実質逮捕がなされた時点において逮捕状が発付されていない。しかし、実質逮捕の時点において、身体的特徴が被疑事実の犯人と相当程度類似し、かつ、目撃者の供述証拠にも裏付けられているところ、「罪を犯したことを疑うに足りる十分な理由がある」といえる。また、実質逮捕当時、周りには人々が集まっており、その場で逮捕状の発付を待っていられる状況にもなかったのであるから、「急速を要す」る事情も存した。そして、ひったくり事件は窃盗罪であるため、「長期三年以上」の罪にあたる。したがって、実質逮捕時点において、緊急逮捕の要件は満たしていた。

   また、その後逮捕状が発付されるまでは1時間という短時間であったし、実質逮捕の時点から起算しても、勾留請求までの時間制限を遵守している。

   以上にかんがみると、本件違法は、重大な違法とまではいえない。

 4 以上より、勾留請求は許される。

以上