法律解釈の手筋

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令和3年度(2021年度) 慶應ロー 憲法 解答例

解答例

1 第1に、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「法」という。)が、45条2項に基づく休業要請に従って休業した事業者に対して補償を行う旨の規定がないことが、憲法29条3項に反し、違憲無効とならないか。法令に正当補償規定がない場合に、憲法29条3項に基づき直接損失補償請求をすることが出来る結果として法令は合憲となるか、それとも、29条3項に基づく損失補償請求が認められない結果として法令は違憲無効となるか。

(1) 憲法29条3項に基づく直接の損失補償請求を認めるとすれば、立法府の補償が必要であるなら規制しないという選択を奪うこととなり、予想外の財政出動を伴うことになる。しかし、予想外の支出が要求される場合には事情判決の法理で対応できる。また、直接の損失補償請求を認めないとすれば、規制が違憲無効になる結果、補償がされるまで規制のない無放置の状態が続くこととなり妥当でない。加えて、かかる帰結は、規制遵守者への補償を否定しつつ、規制不遵守者を放置するという不公平な状態を生むことにもなる。そこで、29条3項に基づく損失補償請求が認められる結果として法令は合憲になると考える[1]

(2) したがって、本件においても、法が損失補償制度を設けていないことをもって、違憲無効ということはできない。

2 第2に、法45条2項の休業要請に従って休業した者は、国に対し、29条3項に基づく損失補償請求をすることができるか。

(1) 29条3項の制度趣旨は、合憲的な制約により国民全体の利益になる規制を、一部の国民の不利益によって実現することは不公平を生むことから、公平の理念を実現する点にある。そこで、29条3項の損失補償請求が認められるためには、①既得権の制約②①の制約が合憲的な制約であること③①の制約が「特別の犠牲」にかかることが必要である。

(2) 本件では、そもそも既得権の制約が認められるか。

ア 制約が認められるかどうかは、①目的指向性②直接性③命令性④法形式性の観点から判断する。

イ 本件では、45条2項の規定は、施設の使用の停止等の「要請」であり、実際に休業にするかどうかは、事業者の判断に委ねられているところ、命令性に欠け、休業によって本来得られたであろう営業利益についての制約があったとはいえないとも思える。しかし、法45条3項は、同条2項の要請に従わない者に対して、「特に必要があると認められるとき」は、さらに「指示」をすることができるとされ、同条4項は、かかる指示が出された場合には、その旨が公表されることが規定されている。かかる規定ぶりによれば、同条2項の要請に従わなかった場合、指示及び公表によって、指示に従わなかったことが一般国民に公にされる結果、事業者に対する信頼が毀損されるおそれがある。事業者に対する信頼が毀損されれば、事業継続が困難になる可能性もある。以上にかんがみれば、45条2項によって、事実上、営業を継続することによって得られる営業利益について制約があるといえる。かかる営業利益は、本来的に事業者が有することのできる既得権である。

ウ したがって、法45条2項に既得権の制約が認められる(①充足)。

(3) 本件制約は、新型インフルエンザ等の未曾有の感染症に対し、国民の生命・健康を保護するため緊急的になされる重要な規制目的があり、また、その規制も、最終的に施設の利用等を継続するかどうかは事業者の判断に委ねられている点で、必要性、相当性の認められる制約であるといえ、本件制約は合憲である(②充足)。

(4) それでは、本件制約が「特別の犠牲」にあたるか。

ア 「特別の犠牲」といえるかどうかは、財産権の制約が本質的内容を侵すものかどうか、規制目的が消極目的であるか積極目的であるかどうかによって決すると考える。

イ 本件では、確かに法45条2項の規定は、施設の使用の停止等によって営業利益という事業者の財産権の本質的内容を侵すとも思える。しかし、本件規定の制約の程度は、罰則等による担保があるわけではなく、その期間も感染症の対策を踏まえた期間という限定的なものであることからすれば、本質的内容を侵すとまではいえない。また、本件規制目的も、感染症による国民の生命及び健康を保護するという消極目的にあるところ[2]、内在的危険に対する制約として予測可能性も高い。以上にかんがみれば、本件制約は、財産権の本質部分を制約するものではなく、かつ、事業活動に対する内在的制約として許容されるものといえる。

ウ したがって、「特別の犠牲」にあたらない(③不充足)。

(5) よって、本件において29条3項に基づく損失補償請求は認められない[3][4]

以上

 

[1] 最大判1968(昭和43)年11月27日刑集22巻12号1402頁。

[2] 法1条は「この法律は、国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあり、また、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあることに鑑み、新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画、新型インフルエンザ等の発生時における措置、新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号。以下「感染症法」という。)その他新型インフルエンザ等の発生の予防及びまん延の防止に関する法律と相まって、新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図り、もって新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする。」と規定する。

[3] 新型インフルエンザ等対策研究会編集『逐条解説 新型インフルエンザ等対策特別措置法』(中央法規、2013年)161~162頁参照。補償規定が存在しない理由として「・学校、興行場等の施設の使用が、新型インフルエンザ等のまん延の原因となることから実施されるものであること・本来危険な事業等は自粛されるべきものであると考えられること・新型インフルエンザ等緊急事態宣言中に、潜伏期間当を考慮してなされるものであり、その期間は一時的であること・学校、興行場等の使用制限の指示を受けた者は法的義務を負うが、罰則による担保等によって強制的に使用を中止させるものではないこと から権利の制約の内容は限定的である……したがって、学校、興行場等の使用の制限等に関する措置は、事業活動に内在する社会的制約であると考えられ、公的な補償は規定されていない。」とする。なお、政府関係金融機関等による融資に関する規定(法60条)が存在し、事業者としては、かかる規定を活用することが考えられる。

[4] 本件において損失補償請求を認める立場からの反論としては、①法は、感染症といういつ発生するか全く分からない未知の危険に対して規制するものであることからすれば、消極目的であるとしてもかかる規制の予測可能性は高くない②実際にも、感染症という緊急事態に対して発せられる規制であることからすれば、感染症発生から規制をされるまでの期間の間に規制についての予測をすることが非常に困難である、との反論が可能と思われる。