法律解釈の手筋

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令和4年度(2022年度) 慶應ロー入試 憲法 解答例

解答例

1 Xらは、Bを被告として、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟を提起したと考えられる[1]。不法行為の要件事実は、①原告の権利又は法律上保護される利益の存在②被告が①を侵害したこと③②についての被告の故意または過失④損害の発生及び額⑤②と④の因果関係である。Xらは、①について、「日本の原発制作を問う!――『トイレなきマンション』でよいのか」と題するシンポジウム(以下「本シンポジウム」という。)の開催は学問の自由(憲法23条)によって保障されること、②について、本シンポジウムのためのB大学の教室の使用許可申請に対する不許可処分(以下「本件不許可処分」という。)によって当該学問の自由が侵害されたことを主張することが考えられる。

2 そもそも私人相互間において憲法の基本権保障規定を適用することができるかが問題となるが、私法の解釈・適用においても憲法上の客観的価値秩序としての基本権が関わるところ、裁判所はかかる基本権を保護する義務を負うと考える。

3 ①要件

(1) 本件で、本シンポジウムの開催をすることに学問の自由の保障が及ぶか。

(2) 学問の自由には、一般に研究成果発表の自由を含むとされている。そして、学生の集会が実社会の政治的社会活動に当たる行為をする場合は大学の有する特別の学問の自由と自治を享有しないが、真に学問的な研究またはその結果の発表のためである場合には、当該自由と自治が及ぶと考える(東大ポポロ事件判決[2]参照)。

(3) 本件では、Xらは、政治学を専門とするA教授のゼミにおいて議論が交わされたこともあった原発問題について、シンポジウムを開催するというものであり、Xらのゼミでの研究成果の発表であるといえる。確かに、①A教授は原発反対派としてSNSでも活動しており、そのようなA教授が本シンポジウムでも基礎講演を行うこと②B大学の人間社会学部教授会において、Xらの活動が教育・研究目的に当たらないとの回答を得ていたことから、研究成果の発表でないとも思える。しかし、①A教授は、「私の日頃の研究成果を発表します。」と述べている。また、②教授会においてXらの活動が教育・研究目的に当たらないとされていたとしても、本シンポジウムが研究成果の発表にあたるか否かについてB大学に要件裁量が認められるわけではなく、教授会の判断を尊重しなければならない理由はない。そもそも、本シンポジウムを企画したゼミの有志8名には原発推進派の学生も含まれており、かつ、パネルディスカッションには、原発政策に中立的なD、原発推進派のEも参加予定であることから、本シンポジウムの企画内容は政治的公平性・中立性に配慮されたものとなっている。また、実際にゼミの議論においても、Aはゼミにおいて自らの見解と異なる学生にも公平に接し、政治的立場の違いを超えた活発な討論が行われていたというのであるから、本シンポジウムも、政治活動ではないゼミの活動の一環として行われるものであったということが推測できる。

(4) 以上の事情にかんがみれば、本シンポジウムの開催は、研究成果発表の自由により保障され、学問の自由の保障が及ぶ。

4 ②要件

(1) 本件不許可処分によって、本シンポジウムの開催ができなくなってしまったところ、上記の学問の自由は侵害されたといえる[3]

(2) これに対して、Bは、そもそも本件の教室の使用許可申請は給付請求権であり、本件不許可処分は、本シンポジウムの制約にはあたらないとの反論が考えられる。

ア しかし、前述のように、学生の研究発表であっても、真に学問的な研究またはその結果の発表のためである場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治を享有する。したがって、真に学問的な研究成果の発表の場合には、そもそも大学の施設利用が原則として認められ、Bの反論は主張自体失当であると考える。

イ 本件では、前述のとおり、本シンポジウムは真に研究成果の発表を目的とするものであるといえる。

ウ したがって、Bのかかる反論は認められない。

(3) また、Bは、大学には、大学設置目的のために一般に在学生を規律する包括的権能を有しており(昭和女子大事件判決[4]参照)、本件においても教室を使用させるか否かについて広範な裁量を有するところ、本件不許可処分は当該裁量の範囲内であるとして違法性が阻却されると反論することが考えられる。

ア しかし、本件不許可処分の理由は、大学教室使用規則a条1項に反することであり、かかる規則は、政治的目的での使用を認めず、教育・研究目的での使用に限り教室使用を許可するというものである。そして、前述のとおり、教育・研究目的か否かの認定については、大学に要件裁量が認められる事項ではない。

イ したがって、Bのかかる反論は主張自体失当であり、認められない。

(4) さらに、Bは、AのSNSでの活動によって、過去に原発推進派がB大学のキャンパス内に侵入し、Aの研究室付近で抗議活動を行うという騒動があったところ、本シンポジウムの開催によって同様の抗議活動のおそれが認められるところ、かかる理由から本件不許可処分によって研究発表自由の制約は正当化され、違法性が阻却されると反論することも考えられる[5]

ア しかし、かかる反論は、本件不許可処分に提示されたものではないため、かかる反論は行政手続法14条1項本文に違反し、認められない。

イ また、仮にかかる反論が行政手続法違反でないとしても、研究成果発表の自由の制約の正当化は表現の自由と同様に考えることができるところ、研究成果発表を認めることで騒動が発生し、人の生命・身体又は財産が侵害される明らかな差し迫った危険の発生が具体的に予見されない限り、本件不許可処分は正当化されないと考える(泉佐野市市民会館事件[6]参照)。そして、本件では、そのような差し迫った危険の発生までは具体的に予見できない。

ウ したがって、Bのかかる反論は認められない。

5 以上より、Xらの①②要件に関する主張は認められる[7]

以上

 

[1] 本問と類似の問題として平成25年度司法試験の教室不許可処分を参照。同問題の解説としては、大島義則『憲法ガールⅡ』(法律文化社、2018年)29頁以下参照。

[2] 最大判昭和38年5月22日刑集17巻4号370頁。

[3] 本問では、損害賠償請求訴訟が提起されているため、端的に本件不許可処分によって本シンポジウムが開催できなかったという研究成果発表の自由の侵害を論じれば足りると思われる。これに対して、例えば本問の訴訟が本件不許可処分の取消訴訟(行政事件訴訟法3条2項)及び義務付け訴訟(同法3条6項2号)であったような場合には、義務付け訴訟の本案要件(同法37条の3第5項)のために大学教室使用規則a条1項に該当するか否かの判断が必要となるため、当該規則該当性についても論じる必要があると考える。

[4] 最判昭和49年7月19日民集28巻5号790頁。

[5] かかる反論については、おそらく出題の趣旨の範囲外であると思われるが、学習の便宜のため、解答例として記載した。

[6] 最判平成7年3月7日民集49巻3号687頁。

[7] 表現の自由(憲法21条1項)として構成することも考えられるが、違憲の主張はかなり難しいのではないかと思われる。大学の教室はパブリック・フォーラムとは言い難く、パブリック・フォーラム論によって教室使用請求権を基礎づけることが難しいため、最判2006年(平成18年)2月8日民集第60巻2号401頁(呉市学校教室使用不許可事件判決)に依拠することになるはずであるが、この場合大学側に広範な裁量が認められることになってしまう。大島・前掲注(1)33頁以下は、平成25年度司法試験の問題文の事情から比例原則・平等原則違反を導き出すが、本問ではそのような事情がない。したがって、学問の自由で構成する方が素直なように思われる。