解答例
第1 表見代理(110条)の適用
1 Yは本件貸付に表見代理が成立し、有効であることを根拠に、満期保険金300万円の返還債務と200万円の返還債務との相殺(505条1項)が認められると主張する。
2 まず、本件貸付では、A自らXの印鑑を利用してXの委任状を作成しており、本人Xは「他人に代理権を与えた旨を表示」したとはいえないため、109条は適用されない。また、そもそもXはAに本件貸付についての代理権を授与していないため、112条の適用もない。
3 そこで、本件貸付に110条の表見代理が成立するか。
(1) まず、XはAに生命保険契約締結の代理権を授与しており、それに基づいてなされた本件契約のサービスである契約者貸付制度によってなされた本件貸付との関係で、基本代理権が存在する[1]。
(2) また、XはAに本件貸付についての代理権を授与していないため、本件貸付は代理人Aの「権限外の行為」にあたる。
(3) それでは、Yに「正当な理由」が認められるか。
ア 「正当な理由」とは、相手方に代理権がないと信じたことについて善意無過失であることをいう。そして、印鑑証明書を徴した以上は、特段の事情のない限り、前記のように信じたことにつき正当理由があると考える[2]。
イ 本件では、Yは真正な保険証券という信用性の高い証券及び保険契約申込書に押捺された印鑑と同一の印鑑が委任状に押捺されていることを確認し、かつ、AがXの妻であることも確認しているため、Yの信頼には印鑑証明書を徴するのに準じた正当な理由があるとも思える。
しかし、本件貸付はXに不利益を与えることにもなり得る契約である。また、契約者貸付制度という制度を提供しているYとしては、その貸付について本人や代理人の貸付に際して高度の注意義務が課されると考えられる。そうだとすれば、Yの担当者は、Xに直接電話をして代理権授与について確認する義務があったにも関わらず、それを怠った過失があると考える。以上にかんがみれば、本件では特段の事情が認められる[3]。
ウ したがって「正当な理由」が認められない。
(4) よって、110条は成立しない。
4 以上より、Yのかかる主張は認められない。
第2 債権の準占有者に対する弁済(478条)の適用
1 Yは本件貸付に準占有者に対する弁済(478条)が成立し、有効であることを根拠に、相殺(505条1項)が認められると主張する。
2 まず、Aは本件貸付の本人ではなく代理人であるところ、代理人に対する弁済についても478条の適用が認められるか。
(1) 478条の趣旨は、権利外観法理にあるところ、「準占有者」とは、取引上の社会通念に照らして受領権者としての外観を呈する者をいうところ、代理人と称する者もこれに含まれると考える。
(2) 本件では、AはXの代理人と称して本件貸付の払い戻しを受けている。そして、前述のとおりAはXの委任状を持参し、その外観の信用性も高いため、受領権者としての外観を有するといえる。
(3) したがって、Aは「準占有者」にあたる。
3 もっとも、本件貸付は「弁済」ではないため、478条の適用はないのではないか。
(1) 本件貸付は「弁済」ではない以上、478条の直接適用は認められない。
(2) もっとも、当該法律行為が実質的にみて「弁済」と同視できるような場合には、478条が類推適用されると考える[4]。
本件貸付は、保険契約者は被上告人から解約返戻金の九割の範囲内の金額の貸付けを受けることができ、保険金又は解約返戻金の支払の際に右貸付金の元利金が差し引かれる旨の契約者貸付制度に基づいて行われている。本件貸付は、約款上の義務の履行として行われる上、貸付金額が解約返戻金の範囲内に限定され、保険金等の支払の際に元利金が差引計算されることにかんがみれば、その経済的実質において、保険金又は解約返戻金の前払と同視することができる。
(3) したがって、本件では478条類推適用が認められる。
4 もっとも、前述のとおり、Yとしては本件貸付に際して、X本人に電話等による確認をすべきであったため、Aが債権の受領権者であると信じることに「過失」がある。また、本件払戻しを行った甲銀行α支店の担当者もXに対して本人確認をしていないところ、金融機関にも高度の注意義務が課されることに鑑みれば、この点についても「過失」が認められると考える[5]。
5 よって、478条も成立しない。
6 以上より、Yのかかる主張は認められない。
以上
[1] 日常家事代理(761条)を基本代理権と捉えることもできる。また、別の法的根拠として検討することも可能であるが、どれだけ出題趣旨に答えているか不明である。
[2] 最高裁昭和51年6月25日第2小法廷判決参照。
特段の事情については、①本人にきわめて重大な負担を負わせる代理行為のとき②代理行為によって代理人自身が利益を受けるとき③実際になされた代理行為が基本代理権の範囲を質的・量的に見て大きく逸脱しているとき④相手方が金融業者であること(金融業者には,その経験と能力に鑑みて高度の注意義務が課される)⑤代理行為がなされた経緯や状況のうちに代理権の存在を疑わせる事実があること等がある(百選Ⅰ第7版30事件解説)。
[3] 正当な理由ありとの結論もあり得る。平成9年判決は、同様の事案で478条の善意無過失を認めているため、110条でも正当理由ありとの認定が穏当かもしれない(なお、平成9年判決では基本代理権の存在が立証できなかったため、110条の適用が認められていない。)。
[4] 最高裁平成9年4月24日第1小法廷判決参照。
[5] 甲銀行α支店担当者の過失をどのように考えるかは不明。