法律解釈の手筋

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令和3年度 予備試験 刑事実務基礎 解答例

解答例

第1 設問1

1 小問1

(1) 罪証隠滅のおそれについて(刑事訴訟法60条1項2号)

ア 「罪証隠滅のおそれ」とは、証拠に対する不正な働きかけによって、判断を誤らせたり、捜査や公判を紛糾させたりするおそれがあることをいう。罪証隠滅のおそれの有無の判断にあたっては、①罪証隠滅の対象②罪証隠滅の態様③罪証隠滅の客観的可能性④罪証隠滅の主観的可能性から判断する[1]

イ 本件の罪証隠滅の対象は、Aの犯人性である(①)。罪証隠滅の態様としては、Wに対して接触し、供述を変遷させるよう働きかけるというものが考えられる(②)。弁護人は、ⓐAの両親の誓約書によって「Aに事件関係者と一切接触させないことを誓約させます」と誓約させることで、AがWに対し不正な働きかけをすることによって、Wの証言を覆そうとすることを防止できると考えた(③)。また、弁護人は、ⓑAの勤務先の上司の陳述書によって、職場へ復帰し、日中は通常通り仕事をすることが判明しているため、日中にWと接触することで罪証隠滅を図るおそれが消滅していると考えた(③)。

(2) 逃亡のおそれについて(刑事訴訟法60条1項3号)

ア 「逃亡のおそれ」とは、被疑者を釈放すると所在不明となる可能性が相当程度見込まれることをいう[2]。「逃亡のおそれ」が認められるかどうかは、①生活不安定による所在不明の可能性②処罰を免れるための所在不明の可能性から判断する[3]

イ 弁護人は、ⓐAの両親の誓約書によって「Aを私たちの自宅で生活させ、私たちが責任をもってAを監督します。」と誓約させることで、Aが逃亡しないようにAの両親が見張ることで、逃亡のおそれが少なくなったと考えた(①)。また、弁護人は、ⓑAの勤務先の上司の陳述書によって、Aの釈放後も職業状態が安定することが判明し、逃亡のおそれが少なくったと考えた(①)。

2 小問2

(1) 罪証隠滅のおそれについて(刑事訴訟法60条1項2号)

ア 前述の考慮要素に照らして考える。

イ まず、Aは本件被疑事実のAの犯人性を否認しているところ、Aの犯人性を基礎づける証拠を隠滅させるという主観的可能性がある(④)。次に、Wは、本件被疑事実の現場であるK駐車場を通勤に使っている車の駐車場として利用しているところ、Aとしては、K駐車場で待ち伏せすることで、Wに接触することができるといえる(③)。また、弁護人によって提出されたⓐAの両親の誓約書によっても、Aを24時間監視することができないし、Aは、日中は仕事に出てしまう。さらに、Aの職業は自動車販売の営業であるところ、外回り等が多くなる職業であることが認められるため、そのタイミングでWに接触する具体的なおそれは依然として残る(③)。

ウ 以上の事情から、裁判官としては、なお罪証隠滅のおそれがあると判断した。

(2) 逃亡のおそれについて(刑事訴訟法60条1項3号)

ア 前述の考慮要素に照らして考える。

イ 本件被疑事実は、建造物等以外放火罪(刑法110条1項)という上限が10年の懲役という重大な事件である上、Aは犯人性を一貫して否認しているところ、処罰を免れるために所在不明になる可能性が高いといえる(②)。また、ⓐAの両親の誓約書はあるものの、一人暮らしで、かつ貯金もほとんどないことからすると、生活状況は不安定である(①)。また、ⓑAの勤務先の上司の陳述書はあるものの、当該勤務先は昨年の12月から働き始めたにすぎず、まだ2か月も継続して働いていない状態であることからすると、Aとしては、当該勤務先を辞職しやすい状況にあるといえ、この点からも生活状況は不安定であるといえる(②)。

ウ 以上の事情から、裁判官は、なおAの逃亡のおそれがあると判断した。

第2 設問2

1 本件被疑事実の犯人がAであるとの供述については、Aの居室から胸元に白色で「L」と書かれた黒地のパーカー1着、紺色のスラックス1着が発見されたこと(1/18 報)、本件現場付近に本件犯行時刻と矛盾しない時刻にA所有の普通乗用自動車が停車していたことにより裏付けられている(1/15 報)。

2 AとWとは、面識がなく、殊更Aに不利益となる虚偽供述をする理由はない。

3 目撃条件についてみると、WとAの距離は約7メートル離れており、午前1時頃という夜の暗い時間帯ではあったものの、付近の街灯や駐車場の照明で明るく、Wの視力は両目とも1.2で色覚異常も認められないため、目撃の客観的条件は良好であった(1/9 実)。WがAの顔をみたのは、Aがバイクに火を放った直後のことであり、印象的な出来事であるし、放火犯人の顔をよく見ておかなければならないと思い意識的に観察していたといえる上、すれ違い様には男の顔を間近でみることができたとことから、認識の誤りや記憶違いの可能性もない。

4 識別状況についてみると、Wは、Aとは初対面ではあるが、「男は、30歳代くらいの小太りで、私より伸長が高く、170センチメートルくらいあった。顔の特徴は、短めの黒髪で、眉毛が太く、垂れ目だった。なお、当時、犯人も私も、顔にマスクはつけておらず、眼鏡もかけていなかった。」と述べる(1/9 WKS、2/3 WPS)。その識別根拠は十分に具体的かつ詳細である。また、このような識別供述は、事件発生直後から一貫したもので、変遷等の事情はない。

5 以上の事情から、検察官は、Wの犯人がAであるとの供述は信用することができると判断した。

第3 設問3

1 被告人との間に遮へい措置が認められる要件は、①被告人の面前で供述すると、圧迫を受け精神の平穏を害されるおそれがあること②相当性が認められること、の2つである(刑訴法157条の5第1項)。本件では、放火という犯罪の性質上、Wの申出のとおり、Aから復讐を受けるおそれがある。また、Wが27歳と若く、かつ、女性という点も考慮すれば、そのおそれは相当程度あると考える。したがって、Wが恐怖心によって精神の平穏を害されるおそれが認められ(①充足)、相当性も認められる(②充足)。

2 これに対して、傍聴人との間の遮へい措置が認められる要件は、相当性が認められることであり、その際、名誉に対する影響も考慮する(同条2項)。本件では、Wは「私は人前で話すのも余り得意ではない」ということを理由に傍聴人との遮へい措置を申し出ているが、かかる理由は、心理的圧迫を受けて心情や名誉が害されるというものではないため、遮へい措置の要件を充足しない。

3 以上の検討から、検察官は、AとWとの間の遮へい措置のみを採るのが相当であると判断した。

第4 設問4

1 証人の供述の明確化のため必要があるときは、裁判長の許可を受けて、図面等を利用して尋問することができる(刑訴規則199条の12第1項)。同条が裁判長の許可を必要としたのは、証人の供述に不当な影響を与えるおそれがある点にある。

2 本件では、Wの位置関係の供述を明確にするために見取図を示すものであるところ、立会人の現場指示に基づいて記入された記号がある場合、Wがその記号につられて位置関係の供述をしてしまうおそれがある。そうだとすれば、見取図に当該記号があったままの場合、証人の供述に不当な影響を与えるおそれがある。

3 以上の考慮から、裁判官は釈明を求めた。

以上

 

[1] 司研『プロシーディングス刑事裁判』(2018年3月)103頁。

[2] 酒巻匡『刑事訴訟法[第2版]』(有斐閣、2020年)66頁。

[3] 大澤裕「被疑者の身体拘束――概説(4)」法教446号(2017年)130頁。