法律解釈の手筋

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平成28年度 予備試験 憲法 解答例

解答例

第1 Xの主張と想定される反論の対立点 (以下、憲法は法名略。)

1 消極的表現の自由の点について

(1) 制約(アがXの主張、イがそれに対する反論。以下同じ。)

ア 本件誓約書を提出しなければならないという要件(以下「本件要件」という。)は、助成金という重要な法的利益を得るために、消極的表現の自由の侵害を余儀なくさせる点で、制約が認められる。

イ そもそも本件要件は、助成の要件であり規制ではないため、制約が認められない。また、本件要件による本件誓約書は、政府名義の言論であり、国民の表現の自由を制約しない。

(2) 審査基準

ア 表現の自由という重要な権利において、その表現内容を直接規制するものである以上、厳格に審査される。

イ 助成に係る要件については、立法府に広範な裁量が認められる。

(3) 目的手段審査

ア 成婚数を上げることを重視する方向性での本件条例の改正は、事実婚等の結婚に対する多様な価値観を否定するものであって、目的として不当である。また、本件要件は、事業所の誓約書提出によって成婚数をあげていくことができる根拠がなく、目的との間に関連性がない。

イ 結婚支援事業を行うNPO法人等に対する助成でこれまで十分な効果を上げてこなかったことからすれば、新たな方向性として成婚数を上げることを重視することは、正当かつ重要な目的である。また、本件要件は、成婚数向上と異なる価値観を有する事業所への助成を防止でき、適正な助成によって成婚数向上へとつながるため、目的との間に実質的関連性がある。

2 結社の自由について

(1) 制約

ア 助成を受けるNPO法人等は、助成を受けられなくなれば、事実上活動を継続することが困難であり、制約が認められる。

イ 本件誓約書の提出は、結社の自由に関し、何らの制約もしていない。

(2) 審査基準

ア 事実上活動継続を困難にする重大な制約であり、厳格に審査すべき。

イ 事実上の制約にすぎず、緩やかに審査される。

(3) 目的手段審査

上記1(3)と同じ。

第2 私見

1 消極的表現の自由について

(1) まず、公権力により意見を表明されない自由は、表現の自由の裏返しとして、21条1項により保障される。

(2) 次に、本件要件は、以下のとおり、消極的表現の自由への制約が認められない。

ア 第1に、仮に本件誓約書の提出が国民の言論である場合[1]、本件要件は助成の要件であるものの、制約が認められる。

(ア) 判例によれば、自らの選択により法的効果を求める者について要件を課すような、直接的に規制するものではない場合でも、重要な法的利益を実現するために権利の放棄を余儀なくさせるときは、かかる権利を制約する、とする(性同一性障害特例法違憲決定[2]参照)[3]

(イ) 本件では、結婚支援事業の助成要件として、本件誓約書の提出が義務付けられている。助成を受ける団体はNPO法人等の非営利団体であり、公共団体からの助成が受けられなくなればその事業の継続が困難になると予想される。そうだとすれば、助成金という重要な法的利益のために消極的表現の自由の放棄を余儀なくさせるといえ、上記判例の射程が及ぶ。

(ウ) したがって、仮に本件誓約書の提出が国民の言論である場合、本件要件は、消極的表現の自由を制約する。よって、反論の前段部分は認められない。

ア 第2に、本件誓約書の提出は、政府名義の言論であって国民の言論とは認められず、消極的表現の自由への制約が認められない。

(ア) 政府が特定の政策を進める場合、特定の内容を持った国民への周知が必要であり、政府は、政策に伴う言論を行うことが許容される。そこで、政府が表現者を道具として利用している場合など、当該言論が政府名義であると評価できる場合には、個人の自由への制約は認められないと考える[4]

(イ) 本件では、たしかに、本件誓約書の主体は「申請者は」となっており、申請者自身が法律婚の推進を図る団体であると宣誓しているとも思える。しかし、助成申請をする団体は、本誓約書を提出する代わりにA市から助成を受けることになるところ、A市の少子化対策の政策に賛同し、実質的にA市の一部として政策を推進することとなる。そうだとすれば、本件誓約書の提出は、A市の道具として、法律婚を推進することを表現しているにすぎない。

(ウ) したがって、本件誓約書の提出は政府言論であり、表現の自由の制約が認められない。

(3) よって、本件要件は、消極的表現の自由を侵害せず、合憲である。

2 結社の自由について

(1) 結社の自由は、21条1項により保障される。

(2) X主張のとおり、本件要件によって助成を受けられない団体が生じ、事実上活動継続が困難になることが考えられるため、制約が認められる。

(3) かかる制約は、以下のとおり、正当化される。

ア 反論のとおり、上記制約は、本件誓約書の提出の義務付けたことによる結社の自由に対する事実上の制約である以上、緩やかに審査される(オウム真理教解散命令事件決定[5]参照)。そこで、①目的が正当で②手段が目的達成との関係で合理的関連性があれば正当化される。

イ 本件では、第1の1(3)イ記載の反論のとおり、少なくとも目的の正当性及び目的と手段との間の合理的関連性が認められる(①②充足)。

(4) したがって、結社の自由を侵害せず、合憲である。

以上

 

 

[1] ここでは、次の段落で制約の有無について否定するため、仮定的な表現としている。

[2] 最大決2023年(令和5年)10月25日民集77巻7号1792頁。

[3] いわゆる違憲な条件の法理について、判例として一定の立場を認めたものである。違憲な条件の法理の学説については、横大道聡『現代国家における表現の自由-言論市場への国家の積極的関与とその憲法的統制-』(弘文堂、2013年)86頁参照。

[4] いわゆる政府言論の法理である。政府言論の法理とは、「政府による情報発信が、政府言論と認定されれば、観点中立性が要請されなくなる」というものである(本解答例では、三段階審査のうち、制約においてかかる法理を援用して論じている。アメリアで登場した法理であり、ドイツ流の三段階審査のどこに位置づけられるかは明確でない。)。これは、そもそも政府活動は特定の観点に立って運営されることが当然であり、民主主義の制度運営にとって重要な意義をもつ、という点に根拠を有する。近年は、かかる政府言論の法理について、憲法上の統制を及ぼす必要があるのではないかという問題意識から、学説が展開されている(ただし、コンセンサスを得るに至っていない。)。本問との関係でいえば、例えば、助成を受ける団体等が政府の「腹話術師」として言論を発する場合(すなわち、国民が、その発言主体を政府と認識し得ないような場合)、思想の自由市場がゆがめられ、憲法上の統制を及ぼす必要があるといえる。政府言論の法理に関する今日の学説状況については、曽我部真裕「表現の自由(5)―政府言論の法理―」法教493号(2021年)68頁以下がまとまっている。

[5] 最決平成8年1月30日民集第50巻1号199頁。