解答例
第1 甲の主張と想定される反論の対立点
1 29条1項・2項違反の点
(1) 既得権制約
ア 本件条例は、Xを無制限に生産し、利益をあげることができるという点で、既得権制約が認められる。
イ 無制限に生産し利益を上げるという将来における期待にすぎず、既に得た財産ではない以上、既得権制約は認められない。
ウ 審査基準
(2) 財産権制約
ア 本件条例は、廃棄命令によって生産事業者の所有権を制約するものであり、憲法上直接保障される財産権を制約するため、厳格に審査すべきである。
イ 本件条例は、農作物の廃棄命令であり、実質的には営業利益の制約にすぎず、所有権を制約するものではない。
(3) 正当化審査
ア 本件規制手段は、生産者に一律に廃棄命令をし、個々の生産能力を無視する点で、合理性がなく、また、そのような事業者に対する制限の程度が大きい。
イ Xの特性から、事前の生産調整、備蓄、加工等は困難であり、迅速な出荷調整の要請にかなう一律廃棄はやむを得ず、制限の程度が大きいとまではいえない。
2 29条3項違反の点
(1) 損失補償規定の不存在
ア 本件条例は、損失補償規定を定めておらず、違憲無効である。
イ 29条3項により直接損失補償請求できるため、損失補償規定の不存在が違憲無効とならない。
(2) 損失補償請求権
ア 上記のとおり、既得権制約が認められる。また、仮に本件条例が29条1項2項に違反しない場合、各年のXの総生産量という予測しえない事情によって廃棄命令をなされることになる点で「特別の犠牲」が認められる。
イ 上記のとおり、既得権制約はない。
第2 私見
1 29条1項2項の点
(1) まず、本件条例は、将来において生産したXの一部を廃棄するものであり、このような将来得るかもしれない利益は、事実上の期待にすぎず、既得権とはいえない。したがって、X主張の既得権制約は認められない[1]。
(2) もっとも、本件条例には、以下のとおり、憲法上直接保障される財産権の制約が認められる。
ア 判例は、単独所有及び共有物分割請求権は、憲法上直接保障される財産権の内容としていると考えられる(森林法事件判決)[2]。そこで、単独所有への制約といえるような場合、財産権の制約が認められると考える。
イ 本件条例は、品種改良や生産法開発によってXの安定した生産を可能とした事業者が存在する場合、高度に予測し得る将来の生産量が、他の事業者の偶発的な生産量に応じて廃棄命令を受けることになる。そうだとすれば、本件条例は、上記事業者が本来自由に販売できるXの単独所有権を制約するものであるといえる。
ウ したがって、判例の射程が及び、憲法上直接保障される財産権の制約が認められる。
(3) そして、かかる財産権の制約は、以下のとおり、正当化されない。
ア 憲法上保障される財産権の制約については、厳格に審査がなされるべきである。そこで、規制の目的、必要性、内容、その規制によって制限される財産権の種類、性質及び制限の程度等を比較考量して決すべきであると考える。なお、森林法事件判決は、立法府の裁量を尊重する旨判示するが、実質的に厳格な審査をしており、同判示は採用しない。
イ 本件規制の目的は、Xの流通量を調整して一定以上の価格で安定して流通させ、A県産のXのブランド価値を維持し、もってXの生産者を保護する点にある。XはA県の特定地域の気候・土壌に適応した特産品として著名な農産物であり、Xが特別に豊作になる等の事情があると、価格が下落し、そのブランド価値が下がることが懸念されたという立法事実からすると、Xのブランド価値の維持及びその流通量の調整という規制目的は、必要性がないとはいえない。もっとも、地域経済保護という規制目的はその公共性の程度は低いし、特定事業者の利益保護につながる側面が否定できず、その必要性は低い。一方、本件規制手段は、前述のとおり、所有権の制約となる。また、事業者の生産能力や顧客開拓能力を考慮しない一律廃棄命令であり、努力する事業者にかえって不利になる点で、その制限の程度が非常に大きい。各事業者の生産量の推移や顧客ルートの把握から、生産量を柔軟に調整する手法はあり得ることからしても、必要性に比して、本件規制手段は均衡を失している。
ウ したがって、上記制約は、正当化されない。
(3) 以上より、本件条例は、29条1項に反し、違憲である。
2 29条3項の点
(1) 直接の損失補償請求は、立法府の「補償が必要であるなら規制しない」選択を奪うこととなり予想外の財政出動を伴うことになるが、そのような場合、事情判決の法理で対応できる。また、直接の損失補償請求を認めないと、規制が違憲無効になる結果、補償がされるまで規制のない無放置の状態が続くこととなり、妥当でない。そこで、29条3項に基づく損失補償請求が認められる結果、法令は合憲になると考える(河川附近地制限令事件判決同旨)。したがって、X主張は認められない。
(2) また、29条3項に基づく直接の損失補償請求は、認められない。
ア 29条3項の損失補償請求が認められるためには、①既得権ないし憲法上保障される財産権の制約②①の制約が合憲的な制約であること③①の制約が「特別の犠牲」にかかることが必要である。
イ 本件条例は、上記のとおり、財産権の制約が認められるが(①充足)、29条1項に反し、違憲である(②不充足)。
ウ したがって、損失補償請求は認められない。
以上
[1] 渡辺康行ほか『憲法Ⅰ――基本権[第2版]』(日本評論社、2023年)・365頁参照。「「将来、○○の場合には、△△のような財産的利益を取得できるだろう」という裸の期待は、未だ既得権とはいえない」とする。
[2] 森林法事件判決が、単独所有権及び共有物分割請求権を「憲法上直接保障される財産権」として観念していると考える見解として、曽我部真裕「財産権」法教497号(2022年)・64頁参照。この見解によれば、憲法上直接保障される財産権制約については、通常の三段階審査と同様の思考様式が妥当することになる。なお、学説上有力である内容形成論(内容形成テーゼ)は、このような憲法上の財産権制約を認めない。もっとも、内容形成の合理性審査において、その立法裁量の小さい核心領域と周辺領域を区別する有力説からすれば、森林法事件判決のような単独所有を制限する内容形成は、審査密度を高めることになるため、上記見解と実際上の差異は生じないと思われる。内容形成論の有力説としては、小山剛『基本権の内容形成』(尚学者、2004年)・204頁。