法律解釈の手筋

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『刑法事例演習教材[第2版]』 問題28 「元風俗嬢の憤激」 解答例

解答例

第1 乙の罪責

 1 乙は、Aに対し、基本的検査をして不適合輸血をしない注意義務があるにもかかわらずこれを怠り不適合輸血をした行為に業務上過失致死罪(211条)が成立する。

 (1) 乙は医者としての職務として上記行為に及んでいるところ、職務又は社会生活上の地位に基づき反復継続して行う活動たる「業務」にあたる。

 (2) 「過失」とは結果発生の予見可能性を前提とした結果回避義務違反であるところ、不適合輸血を行えばそれによってAに死の結果が発生することが予見可能であった。そうだとすれば、乙はAに対し不適合輸血をしない注意義務が認められる。それにも関わらず、かかる義務に反して不適合輸血をしたことは注意義務違反として「過失」にあたる。

 (3) Aは、上記不適合輸血による重篤な溶血によって死亡した。

 (4) よって、乙の上記行為に業務上過失致死罪が認められる。

 2 以上より、乙はかかる罪責を負う。

第2 甲の罪責

 1 甲がAの右腰部に包丁を刺した行為に、傷害罪(204条)が成立する。

 (1) 甲の不法な有形力行使によってAは生理的機能に障害を負っているところ「傷害」にあたる。

 (2) もっとも、甲の上記行為に過剰防衛(36条2項)が成立し、任意的減免となる。

   ア 甲は上記行為時にAから殴る蹴るの暴行を加えられているところ、甲の身体という「自己の権利」に対して「急迫不正の侵害」がある。

   イ しかし、甲の上記行為は「やむを得ずにした」行為とはいえない。

   (ア) 「やむを得ずにした」とは、法益保護のために必要最小限度の行為をいうと考える。

   (イ) 本件では、確かにAは甲に対し殴る蹴るの暴行を加えており、直前には甲に菜箸を突き付け「あごをぶち抜いて、目ん玉ぶち抜いてやることもできるんだぞ。ぶっ殺してやる。」などと言っており、その暴行態様は強いといえる。しかし、Aの侵害行為は必ずしも甲が死ぬような態様ではなかった。また、Aは酩酊していることからしても、甲は包丁という殺傷能力の高い凶器を用いる必要性までは認められず、また、右腰部という人体の枢要部を刺す必要性もなかった。そうだとすれば、甲の上記防衛行為は必要最小限度の程度を超えていたといえる。

   (ウ) したがって、「やむを得ずにした」とはいえない。

 (3) よって甲の上記行為に傷害罪が成立し、任意的減免となる。

 2 甲がAの腹部に包丁を3回突き刺した行為に殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。

 (1) 甲の上記行為は、Aの腹部という人体の枢要部に刃渡り15センチメートルという殺傷能力の高い包丁で力任せに突き刺すものであり、Aの生命を侵害する危険性の高い行為といえ、殺人罪の実行行為にあたる。

 (2) Aに死という結果が発生している。

 (3) もっとも、Aの死という結果は前述の乙の不適合輸血という重大な過失により生じているところ、甲の上記行為との間に因果関係が認められない。

   ア 法的因果関係は当該行為者に結果責任を問うことができるかという問題であるところ、当該行為の危険性が結果へと現実化した場合には因果関係が認められると考える。

   イ 本件では、甲の上記行為によって形成された傷害が直接の死因となっていないところ、甲の行為の危険が結果へと直接現実化したとまではいえない。また、確かにAの死因が形成されたのは、甲がAに傷害を加えたことで病院に運ばれたことに起因するところ、乙の上記過失行為という介在事情は甲が誘発したものといえる。しかし、本件における介在事情は不適合輸血という重大な過失であることにかんがみると、介在事情の異常性が否定されない。致命的な傷害を与えて病院における治療を受けさせるに至らせた甲の行為の寄与度は決定的とする見解もあるが、これは実質的に条件関係のみによって因果関係を肯定することにほかならず、妥当でない。また、乙の過失が軽過失で介在事情が異常とまで評価できない場合には甲の行為に因果関係が認められることとのバランスから、乙の介在事情が異常でも甲に帰責されると考えられるも思える。しかし、乙の過失が軽微である場合にはその死因は甲の行為によって形成された傷害によるのであり、それは甲の行為によってAの死が直接実現されたことに他ならないのであり、乙の介在事情が異常な場合とは問題状況が異なる。

     以上にかんがみれば、甲の行為の危険が結果へと現実化したとはいえない。。

   ウ したがって、因果関係は認められない。なお、このように解しても乙に死の結果が帰責される上、甲の悪性は量刑判断によって考慮可能であるところ、不都合とまではいえない。

 (4) 故意(38条1項)とは構成要件該当事実の認識・認容をいうところ、甲は上記行為について認識している。また、上記行為によってAが死ぬ蓋然性は非常に高いところ、そのような行為を認識しつつあえて行為にでていることからすれば上記行為によってAに死という結果が発生することについて認容もあるといえる。したがって、甲に故意が認められる。

(5) 甲の上記行為に正当防衛(36条1項)は成立しない。

  ア 前述と同様に、上記行為時点においてもAは甲に対し暴行を継続しているため、甲の身体たる「自己の権利」に「急迫不正の侵害」が認められる。

  イ しかし、甲は憤激の極に達しているため「防衛するため」といえない。

  (ア) 行為不法の観点から、防衛の意思は必要と考える。そこで、「防衛するため」とは急迫不正の侵害を認識しつつそれを避けようとする単純な心理状態をいうと考える。そして、防衛者が侵害者に対して攻撃意思を有することは通常あり得るため、専ら攻撃意思によるのでない限り「防衛するため」にあたると考える。

  (イ) 本件では、甲は憤激の極に達しているのであるから、専ら攻撃の意思によるものといわざるを得ない。

  (ウ) したがって、「防衛するため」にあたらない。

  ウ 甲の1の行為と上記2の行為は一連の行為とは認められないため、一体的に評価して過剰防衛(36条2項)を認めることもできない。

  (ア) 一連の行為といえるか否かは、先行行為と後行行為の時間的場所的連続性、行為態様の一定の連続性及び防衛的心理の連続性[1]の観点から判断すると考える。

  (イ) 本件では、確かに甲の上記2の行為と3の行為は時間的場所的連続性が認められる。しかし、後行行為は力まかせに、かつ、3回もAの腹部を突き刺すという行為であり、上記2の行為とはその行為態様において連続性が認められない。また、甲は3の行為においては殺意が認められる上、専ら攻撃の意思によっているところ、防衛的心理の連続性も認められない。

  (ウ) したがって、上記1の行為と2の行為を一連の行為として一体的に評価することはできず、この点からも過剰防衛は成立しない。

 (6) よって、甲の上記行為に殺人未遂罪が成立する。

 3 以上より、甲の一連の行為に①傷害罪②殺人未遂罪が成立し、両者は時間的場所的に連続し、Aの身体・生命という同一の法益侵害に向けられているため、①は②に吸収される。甲はかかる罪責を負う。

以上

 

[1] もし仮に厳格に防衛の意思を要求するとなれば、量的過剰の一体性の問題は全て誤想化防衛又は護送過剰防衛の問題になる。しかし、防衛者が侵害の終了を認識していたとしても、興奮・狼狽のあまり勢い余って追撃行為にでてしまうことはあり得る。量的過剰はそのような場合に追撃行為について36条2項の適用を認めるための理論である。